曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
 『月刊ふぁみりぃ』 2012年1月1日(日)
  辰年新春説法「龍 日献四海水」
  
和尚さんのさわやか説法233
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
 本年の干支は「壬辰」(みづのえたつ)の「龍年(たつどし)」である。
 そこで「さわやか説法」新年号は、八戸の偉人、明治期の傑僧と称される、湊村(当時)出身の西有穆山禅師が好んで筆を取られた「龍」 (写真参照)の墨跡を紹介し、その意味するところを提起して年頭の説法と致しましょう。
 まず最初に「龍」そのものの語義について述べてみたい。
「龍」は(一)に仏の眷属(けんぞく)となり、仏法を守護する八部衆(はちぶしゅ)とも天竜八部の一(ひと)つとされる。これに因(ちな)む言葉が、竜神であり、竜宮とか竜宮城(りゅうぐうじょう)である。(二)には、中国で神霊視される想像上の動物で鳳(ほう)・麟(りん)・亀(き)とともに四瑞(しずい)の一(ひと)つで、よく雲を起こし雨を呼ぶと言われる。この龍の意味が我々が普通一般に考えるところの「龍」である。(三)には、化石時代の大型の爬虫(はちゅう)類を表わす語で、恐竜とか首長竜のこと。(四)つには、冠(かんむり)する語であって、位を表わす竜位や、お召し物を竜衣と称する。また(五)つには、すぐれた人物のたとえとして表わす語であり、それを竜馬(りょうま)、独眼竜(どくがんりゅう)とか臥竜(がりょう)とも言うのであった。
 なるほど、明治維新の武士、「坂本竜馬」は出生時、つけられた名前からして、名の如くの人物となって、新しい時代を作った。
 以上のような意味が「龍」にはあり、中国、韓国そして日本においては吉兆を表わす神霊として珍重されてきている。
 特に仏教、いや禅の世界においては、龍を悟りを開いた覚者や、修行者、また象徴として用いられ、寺院の寺号山号にも多く見られる。
 例えば八戸においては、光龍寺様や龍源寺様、あるいは青龍寺様、また京都では石庭で有名な竜安寺(りょうあんじ)や、臨済宗本山の天龍寺等々があり、全国的はかなり存在する。
 このようなことから禅の字句や墨跡にも、その言葉は多い。例えば「竜吟虎嘯」(龍(りゅう)、吟(ぎん)ずれば雲起こり、虎(とら)嘯(うそぶ)けば風起こる)
 「如龍得水」(龍の水を得るが如く―自由活達なる境地―)「作龍上天」(龍となりて天に上る―悟りを得て龍となり自在無石礙となる―)等々、他にも、その事例は多い。

 写真の穆山禅師の墨跡は、俗に「龍置字」「一筆龍」あるいは「火伏せ龍」と称されるもので、穆山禅師が静岡県は可睡斎という寺に住職されていた時代の書である。
 この「龍 日献四海水」の墨跡は、一般的には「龍は日々四海の水を献ず」と読み下す。
 この意味するところは、龍は東西南北の海より水を集め、大地にその水を献ずる。つまり、海の水蒸気から雲を起し、雨を降らして大地を潤し恵む。の意味と、「火」に対する「水」ということから、火を防ぐとの「火防神」の象徴が「龍」であったのだ。
 いわゆる穆山禅師の住職した「可睡斎」は明治六年、秋葉寺より火防神である「三尺坊大権現」を迎え、奉祀したことにより、爾来、「秋葉三尺坊」は可睡斎の守護神としてまた全国的に「火防神」として広く大衆に信奉されていた。
 そこに穆山禅師が住職したのは、明治10年、57才の時であり、明治25年、72才まで勤められ、その時の号が「可翁」であった。
―つまり―
 この墨跡は可睡斎での布教、あるいは大衆教化、また防火教育の為に数多く、人々の求めに応じて筆を振ったものであろうと推測される。
 あるいは、「火」は火事を引き起こすという単に燃える火というだけではなく、人間の「煩悩の火」にも通じているのではないか。
 このことから考察すると、龍は、我々の煩悩を鎮め浄化する為に清らかなる慈雨を降らすのかもしれない。
―そしてまた―
こうとも読み下すことが出来る。それは「献四海水」を「四海水を献ず」ではなく、「四海水を献ず」という読み方である。
「四海に水を献ず」となれば、龍は仏道に秀れた人、正覚を成じた仏道者となり、四海は東西南北の全ての世界であり、四衆(比丘(びく)、比丘尼(びくに)、優婆塞(うばそく)、優婆夷(うばい)という全ての人々にも通じる。
 その意味からすると「龍」たる秀れた仏道者は、全ての世界、人々に日々、慈雨たる慈しみの心を降らし、潤(うるお)さんとする「衆生斎度」の理(ことわり)を言っていることであった。
―つまり―
 この理(ことわり)を、現代社会にあてはめてみると、秀れたる指導者や政治人また、上司たるものは、人々の為に、社会の為に慈しみの心を与え、救わんとする誓願と、その行動をするということに他ならない。
 その自己修行のあり方が「献ず」の真底であり、その純粋な「献修行」により、「龍」たる人物となるのだ。

 道元禅師の「正法眼蔵隨聞記」の中に、「海中(かいちゅう)に竜門(りゅうもん)と云う処(ところ)あり、波しきりに作(うつ)なり。諸(もろもろ)の魚(うお)、波の処を過ぐれば、必ず竜と成るなり。故に竜門(りゅうもん)と云うなり。」(1-7)とある。この説示は、中国は黄河の上流に三段の滝があり「竜門」と称せられる所があった。ここは波が激しく打ち、多くの魚が、この滝を通過すれば必ず竜になると云われている。との意味であり、次に続けてこう説示される。「その所は、特別に変ずるところではない、川も水も何もかも同じであり、魚も鱗(うろこ)も身体も変わらない。だけれども、その三段流を越えるか越えないかで竜となり得るのだ。」
 即ち「竜門」とは、仏法の世界から言えば、「修行道場」であり、魚は「修行者」「仏道者」である。
 そして一般社会のなかにあっては「竜門」はそれぞれの「試練」であり、魚とは「私達」を表わす。
 全ての世界に於いては、全ての「道」に於いては、人生の試練が誰しにもある。
 ただ、その「竜門」たる所を通過するか、しないかの問題である。

「龍 日献四海水」の教えは、まさに「献ず」との「心」のあり方を私達に如実に提示したものではないか。
 私達が日々、怠(おこた)らず四海たる世界に、人々に、水を献ずるという慈しみが、竜門を通過する力であり、心であることを。
 さすれば、誰でも「龍」となれる。
「龍」となれない人はいないのだ。
 本年の年頭にあたり、干支に因んで「龍」説法をしてみた。
 私、高山和尚は、多分、「龍」にはなれず竜門も通過することができず、そのまま「流(りゅう)」となって流されることでありましょう。トホッホッ(涙)
  合掌  
※写真は「没後百年を迎えて 西有穆山禅師」(平成21年11月21日発刊)図録より抜粋参照
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