曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
 『月刊ふぁみりぃ』 2016年8月
  =お盆特集号= 太古のロマン 大賀(おおが)ハス物語
  「夢を掘るのもいいじゃないか!!」
  
和尚さんのさわやか説法273
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 今月号は、「さわやか説法」を連載して28年間!!、初めて第一面カラー刷で掲載されることになりました。
 びっくりです。
皆さんもきっと驚かれたことでしょうね(笑)
―それは何故か―
 八戸の美しい「お盆の風物詩」を、編集者がカラーで紹介したかったのでしょう・・・。
―ということから―
 物語の始まり始まり。
 八戸市の小・中学校の夏休みは、長者山での「森のおとぎ会」から始まるといっても過言ではない。
 朝五時半。夏休みの初日、市内の子ども達が、「おとぎの森」へ集まってくる。
 大正13年から始まり、今年で93回を迎えたという。
 「八戸童話会」のメンバーが、南部昔っこの民話や創作童話、そして子ども達も自らが工夫を凝らして語り部ともなる。
 語る子ども達も、耳を傾け、聞く子ども達も生き活きとしている。長者山の木々も聞いているのだろう。時折、葉と葉がこすれ合って「フッフッ」と笑ったような声が風に揺れる。
 まさに、八戸が全国に誇れる小さな「夏の風物詩」だ。
 いや、大きな大きな「風物詩」である。

―そんな中―
 とある日。八戸童話会のメンバーである「長谷部美智子」さんが、「太古のロマン」に誘う、八戸の美しい「お盆の風物詩」ともなった、ある物語をお話ししてくれた。
 子ども達は眼を輝かせて聞き入り、私自身ものめり込み胸が高鳴り感動してしまった。
 そして、この物語は、もっと多くの市民に知ってもらいたいと思った。
 八戸人の八戸人たる誇るべきエピソードなのだ。
 そこで、長谷部女史の了解を得て、この物語を会話調に仕立てて「さわやか説法」をすることにする。

―時は―
 戦後まもない昭和22年。この物語の発端が始まる。
―場所は―
 千葉県検見川(けみがわ)厚生農場内の泥の中だ。
―そこから―
 古代のカヤの丸木舟と、ハスの花托(かたく)が発掘され、その舟は、考古学上、二〜三千年前、弥生時代のものであると判定された。
 この報に着目したのは、蓮の研究での権威、植物学者の大賀一郎博士(明治16年〜昭和40年)だった。
 それは、古代の丸木舟ではなく、そこに一緒にあった「花托」にである。
「ハスの花托があるというのか?」
「ということは、その下にハスの実もあるにちがいない!!」
確信的な予感がした。
「泥炭層の中で二千年もの間、眠っていたというのであれば、そこから取り出して発芽すれば、長い眠りから覚めることになる」
「太古の生命の目覚めだ」
 博士の執念の始まりだった。

―しかし―
 その泥炭層の中からたった一粒の「ハスの実」を捜し出すなんて・・・。
 確信はあったにせよ一人の老学者(当時64才)自らが行うには、その泥の深さも、厚さも、そして広さも困難を極めた。

―その時―
 古代ハスの実に魅せられた執念の男の前に、救いの人が現われた。
 それが、我が郷土八戸の人なのである。
 時は昭和26年、あの「花托」が発見されてから四年の月日が過ぎていた。
 その人とは、現在、根城にある「穂積建設(株)」の三代目社長、「穂積重二」であった。
 その昭和26年当時、「穂積建設」は、千葉県印旛沼干拓事業の最中(さなか)にあった。
 穂積建設とは、戦前、戦後、日本でも一、二を競う浚渫(しゅんせつ)工事会社として勇名を馳せる企業であったという。
 創業は明治12年。初代「穂積寅吉」は田子町で土木請負業「穂積組」を立ち上げ、二代目「穂積倉蔵」は明治27年、三戸町に進出。
 そして、三代目の「穂積重二」が専務となって八戸市に進出するや積極的に事業展開。
 彼は、生来の優れた先見性と、その巧(たく)みな手腕性が備わっていたが、最もたるものは、その熱き志と、広き夢が胸中にあったことだ。

―天命たる出合い―
 大賀博士と、その穂積重二が出合うべくして出合う。これこそが「太古のロマン」が花開く端緒だったのだ。
「穂積さん!!この泥の中から、ハスの実を捜してくれませんか。」
「いや、是非とも捜してもらいたいのです」
「きっとある!! 必ずある!!」
 博士の説得に、穂積社長は、力強く応えた。
「わかりあんしたぁー」
「太古の実を、きっと見つけてみやんす!!」
 穂積は傘下の近藤組(八戸出身者25名)を投入。更にはボランティアとして地元の千葉市第七中学校の先生や子ども達が、あるいは住民達が発掘作業に加わった。
 まさに泥との戦い。果たして、この泥の中から一粒のハスの種を見つけれるだろうか?
 捜せど、捜せど見つからず・・・。誰もが疲れ果て、ついには予算も日程も終えてしまった。
「社長!!この泥の中にハスの実は、ありませんじゃ」
「俺達だって、干拓の仕事がある。いつまでもこんなことやっていられませんじゃ」

―だが―
 穂積重二は、こう言ったという。
「このせせこましい世の中に、夢を掘るのもいいじゃないか!!」と・・・。
「費用は、俺が何とかする」
「さあ、皆な夢を掘ろう!!」
 この言葉に誰もが、泥だらけの手を握り合い、泥だらけの顔をくしゃくしゃにさせた。
 発掘調査は続行された。
―しかし―
 やはり見つけれない。大賀博士は、決心した。
「もう、これ以上皆さんに迷惑をかけれない」
「明日、見つからなかったら、あきらめよう」
 3月30日。博士は作業の打ち切りを申し出た。
―翌日―
「さぁ、今日で最後だ。皆なぁー。探し出せよぉー」
 社員も生徒達も、地元民達も総出で、泥の中に入って行った。
―そこに―
―奇跡が起きた―

「こっこっこれ!!ハスの実じゃないですか?」
 小さな小さな実を女生徒が、篩(ふるい)に中に掬(すく)い出した。
「なにぃー。ハスの実が見つかったぁー?」
 博士も穂積も泥の中を馳せ、その女生徒の篩(ふるい)を見た。
「これだぁー」
「二千年前のハスの実だぁー」
 女生徒の篩を取り囲んだ皆なは固唾を呑んで見守っていたが、博士の叫びを聞くや、
「ワー」と歓声が上がり、皆なは泥の中を小躍りして喜び合った。
 そして更に二粒が出土し、合計三粒が発掘されたのであった。
 博士の執念と穂積の夢が掘れた瞬間だった!!

―この後の物語は―
 次号にて・・・。

 ※この太古のハスの実は発芽に成功し、その分根が、新井田の対泉院様境内にある「貴福池」に移植され、見事に開花。
 現在、お盆から八月の終りにかけて、写真の如くに「太古の花」を咲かせます。
 今や、八戸の夏の終わりを告げる「美しいお盆の風物詩」ともなっています。
 ここに至るまでの物語も次号にて・・・。
―乞う御期待―
 皆様におかれましてはよき「お盆」をお迎えくださいませ!!
  合掌  
 (注)長谷部女史のお話をかなり脚色してます。
 (注)貴福池には、詳細な事実の掲示板が設置されてます。
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