芝居版 「創作 ぼくざん物語」 パート七
第二幕 花のお江戸は「えーど、えーど」パートⅣ
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和尚さんのさわやか説法205
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延 |
新年明けましておめでとうございます。
皆様にとりまして、この丑年が「もうもう最高の年」であることを祈念しております。「ウッシッシ」と喜び、笑い声が出てくるような年であればいいですね。
でも、芝居版「創作ばくざん物語」の正月号は「地獄物語」から始まります。
何か、この一年を暗示するかのような?と思わないで下さい。
西有穆山様の人となり、人物形成には、この体験が根底にあると思うからです。
穆山様が亡くなられたのは、明治43年(1910)ですから今年が「百回忌」の年であり、その意味で、昨年六月号から、この芝居版「ぼくざん物語」は連載中なのであります。
それでは、続きの始まりゝ。
「えっー。そんな子供の時に、地獄を見たんですかい。」
雁金屋の主人は縁側から飛びはねて驚いた。
「そうなんですよ!!万吉だば、童(わらし)の時、何も知らずに、あの地獄街道を一人で通ってきたのっす。」
「ほんだゝ。万吉だば、あんまり小っちゃい時のこどだすけ、自分では覚えてねェーべ」
八戸港村から着た三人は、穆山こと万吉のことを代弁するかのように、竹庵先生と雁金屋の主人に南部なまり丸出しで語りかけた。
「あれは確か?万吉が六歳のときでなす。」
「母親のなおさんの実家だば、八戸城下にある二十六日町という所でありまして、西村家と云いましてなす。」
「そごに万吉だば養子になったのは、三っつの時であんした。」
「万吉は、それはゝ賢くて、めんこい童っ子だもんで、その西村夫婦も、ことのほが万吉をめごがったんでやんす」
「はい!!とっても伯父さん、叔母さんに可愛がってもらいましたぁ〜」
金英和尚は、おぼろげながらも伯父夫婦の側で育てられたことを思い出していた。
「すたんどもなす。竹庵先生!!万吉だば、六っつの時、そごば飛び出したのです」
「ほほう。それはまたどういう訳じゃな?」
「可愛がられていた伯父さんの所から、何でまた、飛び出したんですかい?」
雁金屋は雁金屋で興味深そうに、金英和尚の顔をのぞき込むようにした。
「実はですね。子宝に恵まれなかった西村夫婦に子供が授かったんですよぉー」
「そりゃあー。西村夫婦の喜びようは大層だったわけです。」
湊村からはるばる万吉を尋ねてきた三人は、代わる代わる竹庵と雁金屋に語り続けた。
「それじゃあ〜。金英和尚さんは、その伯父夫婦のところに居ずらくなって、飛び出したっていうわけですかい!!」
雁金屋が間髪を入れず口を差しはさむと、三人は一緒になって、手を横に振り否定した。
「ちがうゝ。万吉だば、そうでねェーのっす。」
「だぁ〜りゃ。万吉だば、そったら童でねェ〜の!!我慢強くて、賢(さか)しい子供でやんす」
「ちゃんと、伯父夫婦のごどや、その生まれたばかりの赤ん坊のことを考えてのごどでなす」
「ほんだべ!!万吉!!」
「いやぁー。私はそのようなことは、よく覚えてないのです。可愛がられたことだけはわかっているのですが…」
と、金英は、軽く首を横に振った。
「やっぱり、万吉らしいなぁ。優しくて賢しいじゃ!!」
「先生様!!万吉はね。幼心で、こう考えたのです」
「生まれた赤ん坊は、この家の宝であり、後嗣ぎでもある。大事な大事な赤ん坊だ。だから自分は、もうこの家に居るべきではない。と、一人で考え、一人で決心したのでがんす。」
「へェー。すごいもんだねェー。」
雁金屋は金英和尚の顔を、まじまじと見つめた。
「それからですよ。万吉だば、西村夫婦にも誰にも内緒で、その家を抜け出し、一人で湊村の父母(ちちはは)の元に帰ろうとしたでやんす」
「道もよく分からないで、どうやって帰ってきたんだが。」
「八戸から湊村に来るには、そりゃあ淋しい街道を通って来ないと帰れないのです。」
「そこは、地獄街道と言ってなす、そこをこの童だば一人で母親会いたさに夜通し歩いて帰ってきたわけです。」
「いやぁー。どんなにか怖かったんだがー。」
「家にいた、なおさんは、どれだけ、たまげだんだがぁ」
「そうかゝ。金英さん!!お前さんは、小さいながらも伯父さん夫婦や赤ん坊を思いやる極楽の心があるから、その地獄街道とやらを歩けたんだね」
「そんな気がするよ。俺は!!」
「そして、母親父親を想う一途な心が、そうさせたんだな」
竹庵は、またまた唸ってしまった。
「そうなんですよ。先生様。万吉だば、泣きもしないで平然としていたってんですから」
三人はウンウンと頷いた。
「いやぁー。このことが湊村でも評判になってなす。うんど屋の井戸端では、いっつも、万吉の話でもちっきりだったのです」
「万吉だば、まんずゝ、たいしたもんだ。よく一人で帰ってきたもんだってなす」
これを聞いていた縁側にいた雁金屋も感心するしかなかった。
「金英さん。お前さん、小さい時から肝っ玉が座っているというか、閻魔大王も舌を巻くほどの「地獄心(じごくしん)」というものがそなわっているのかもしれないね」
「そりゃあ、どういうことですか?先生!!」
雁金屋が聞くと、
「うん。それは、どんな時でもどんな所にあっても、動ずることのない平然としていられる揺るぎのない心だ。ということだよ」
「その根底には、他を思いやる『極楽の心』が有るからなんだ」
「いうなれば、どちらも、揺るぎのない確固たる『不動心』だ。」
「へェー。じゃあ!!万吉の心には、極楽の心も地獄の心も、どちらも有るっていうことですかのぉー」
湊村の三人は声をそろえて叫んだ。
「そうじゃな。だから母親と菩提寺で地獄極楽の絵図を見た時、この金英さんは、仏の道で修行したいと決心したのであろう。」
「自分を地獄に墜してまでも、母親を救い、九族を天に通じさせたいと願ったのだ」
「九族とは、親類だけというのではなく、全ての人々ということだ」
竹庵先生の一言一句に、雁金屋も湊村の三人衆も、あらためて、万吉こと金英和尚の心を知り感動に打ち震えていた。
芝居版「ぼくざん物語」は、平成21年もまだゝ続きます。どんな風に物語が展開していくか、私にも皆目、見当がつきません。どうぞ、乞うご期待を。
皆々様には、本年もよろしくご愛読下されたくお願い申し上げます。
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合掌 |
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