曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
  芝居版 「創作 ぼくざん物語」 パート九
   第三幕 花のお江戸で晋山開堂(しんさんかいどう)パートⅠ
  
和尚さんのさわやか説法207
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
 「かぁー。いい天気だなぁー。」
 「こりゃぁー。久しぶりの日本晴れだな!!」
 時は弘化4年(1847)、場所(ところ)は、花のお江戸は牛込(うしごめ)界隈(現東京新宿区内)である。
 チャキゝの江戸っ子・熊五郎は、もう朝から、すこぶる御機嫌がいいのだ。
 なんたって、今日は自分の菩提寺 瑞祥山鳳林寺に若い住職が来られ住職就任式をし、晋山開堂(しんさんかいどう)の大説法をするというのだ。
−そう−
 創作ぼくざん物語の「さわやか説法芝居版」は、今月号から第三幕へ突入した。
 穆山こと金英和尚の学問の実力は、先月号までの第二幕の如く、漢学者菊地竹庵先生のもとで、ますます磨かれ、更には、その当時、曹洞宗学の大学府たる旃檀林においても、群を抜き偉才を放っていた。
 それは、単に学問にとどまらず、厳しき坐禅修行に対する徹底さ、あるいは幼い頃から「地獄の様相」を体験してきた胆力の座り、そして父母(ちちはは)を想い、人々を思う慈愛の深さからくるのか、人間的にも誰からも親しまれ、一目も二目も置かれる存在となっていた。
 栴檀林を管理運営する吉祥寺住職の愚禅(ぐぜん)大和尚様、あるいは教授職にある慧亮(えりょう)大和尚様も、ことのほか金英和尚を可愛がり、厳しき鞭を打ち叱咤し続けた。
 このお二人とも、その当時、江戸では評判の『眼蔵家(げんぞうか)』と称せられるほどの道元禅師の著わされた「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」の参究者であり提唱者でもあった。故に、教えを乞う者、僧俗を問わず、あまた、門を叩いたという。
 その良き師に恵まれ、よき工匠によって、金英という鉄は琢磨されていったのである。

 さてさて、熊五郎は菩提寺鳳林寺様にての、めでたき晋山式に檀家として呼ばれたものだから、もうウキウキ天にも上る気持で高揚していた。
 それもそのはず、熊五郎は、この若き和尚にゾッコン惚れ込んでしまったのだ。
 「あの坊さんは、てェ〜したもんだ。旃檀林の修行僧の中でも、一番だというんじゃねェかい。」
 「それも、綿入れ一枚しか持ってない貧乏学生だけどよ。若いっていうか。くったくがないっていうか、
 あのニコッとした笑い顔がいいんだよな」
 「ニコッと笑うと、ついつい、こちとらもニコッとしてしまうんだよな」
 「何!!言ってんだい。お前さんのは、ニコッとじゃなくて、ニヤァーっとだろ!!」
 「もう、若いっていうだけで、娘っ子であろうが坊さんだろうが、見境がないんだよ。本当に困った人だよ。アンタは!!」
 「ちぇ!!そういう言い方はなぁ!!北海道の釧路の湿原でなく麻生の失言って言うんだよ(怒)(`ヘ´) 」
 (注:すみません。現代の総理大臣を引き合いに出して…。これが本当のアイアムソーリー!!)
 「あのなぁ!!あの金英っていう坊さんはな。何か違うんだよ。引き込まれてしまうんだよ。」
 「優しい眼をしてるんだけど、その奥底にキラッと光る厳しさがあるし、吸い込まれるように澄んでいるんだなぁー。
 これが」
 「よっぽど、修行が出来てるっていうか。人間が出来てるんだよ。」
 熊五郎は熱く、おかみさんに語りかけた。
 鳳林寺への路地は、檀家それぞれが、バリッと身なりを整え、かつまた近所の連中が物見遊山的に向う人々で
 埋まっていた。
 「よぉー。熊さんよ。今日は一張羅の紋付が似合ってるよぉー」
 「ヘン!!ちゃかすじゃねェーよ。八っつあん、お前さんだってよ。紋付の中に顔が埋まってるよってんだ。」
 「こりゃ、ちげぇーねェ。熊さんよ。今度お寺に来る若い和尚ってのは、てェーしたもんだてねェー。」
 「そりゃあ!!当り前田のクラッカーってんだ」
 (随分昔のCMです)
 (注:江戸時代にはありません。芝居ですから)
 「勉強一番!!修行一番!!それだけじゃねェーんだ。陸奥(むつ)の国の人柄っていうか、実直なんだよなぁー。」
 「ハチ公よ。耳をかっ掘じって、よく聞けっつうんだ。」
 熊五郎の威勢に、八五郎は、ちょっとひるんだが、
 「てやんでー。こちとらだって、先刻、合点!!承知の介だっつーの!!」
 「今から四年前のことだったよなあー」
 「あの金英さんが、宗参寺(そうさんじ)の大和尚様から見込まれてさ」
 「そうなんだよ。実はその宗参寺の曹隆(そうりゅう)和尚様ってのが、金英さんと同郷の南部八戸出身っていうのよ」
 「へェー。そりゃあ、奇遇だね。仏様のお導きってことなのかな」
 「そうかもね。仏縁っていうか。不思議な因縁だよな。」
 それでその宗参寺の和尚様から紹介されて、旃檀林の学僧として、ウチの寺の鳳林寺にお手伝いに金英さんが
 来たっていうわけよ」
 「なんたって、ウチの方丈様は年はとってるだろ。それでも人はいいし、御経もいいし、人気はあるんだけどちょっと
 酒好きってのがねェ」と、熊さんは左手を口に傾けた。
 「金英さんがちょくちょく手伝いに来るようになってから、あの荒寺が、見違えるぐらいにきれいになってさ」
 「檀家の連中も大喜びで、御経を上げる前に、ちゃんとその檀家のお墓掃除までやってくれてるんだよ」
 「へェー。そいつは。てェーしたもんだ。」
 「まあー。そんなこって、老方丈様が、金英さんに白羽の矢を立てたのが、今から四年前のことよ」
 「その時、金英さんは若干23才だってな」
 「そうよ、たった23才で一ヶ寺の住職だよ。旃檀林でも異例の大抜擢って、江戸でも評判だったのよ」
 「それもさ、威張るわけでなく、檀家や牛込地域の皆なによくしてくれてよ」
 「特に筆頭檀家の酒屋の主人が、えらく気に入ったのよ」
 「それは、何でまた?」
 「実はな、先代の老方丈様は無類の酒好きって言ったじゃないか」
 「そんでさ、その酒屋に結構、借りがあったというわけよ」
 「分かるゝ。いっつも飲んでたもんなあ」
 「酒屋も筆頭檀家だから、断るわけにもいかず、まあ、しょうがないと思ってたのさ」
 「ところが、金英さんが来てからさ。毎日、托鉢して歩くわけよ」
 「雨の日、風の日、日照りの日も托鉢してはその総代の酒屋に立ち寄るのさ」
 「へェー、金英さんも酒をちょっこら、やりにかい」
 「ちがうってのよ。馬鹿だね。お前さんは考えが浅はかで」
 「金英さんは、その托鉢をした浄財を、酒屋に預けに行くのさ」
 「托鉢だから、大した金額じゃなかったけど毎日ゝ365日よ」
 「とうゝ一年も経ったある日、酒屋の主人が『何で、托鉢のお金を私のところへ持ってくるのだ?』と訊ねたというんだ」
 「そしたらな、金英さん、あのニコッとした笑顔で『どうぞ先代方丈様の借りたものを、少しでもお返ししたくて…』と、
 こう言ったもんだからさ」
 「酒屋の主人は、ビックリ仰天。まさかその為の托鉢とは、いざ知らずと、すごく感激したということなんだ」
 「そいつは、すげェー。やっぱり、スゴイねェ」
 「それで、もう総代も檀家連中も是非にも、鳳林寺の住職にってことになり、今日、こうして迎えることになったのさ」
 まさに、本日、金英和尚さんの晋山開堂の鳳林寺は、仏天の中に輝きを増し、いよいよ登場するのであった。
 この晋山開堂の実況中継は来月号にて。
  合掌
 
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