芝居版 「創作 ぼくざん物語」 パート十
第三幕 花のお江戸で晋山開堂(しんざんかいどう)パートⅡ
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和尚さんのさわやか説法208
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延 |
穆山様こと金英和尚は、牛込は瑞祥山鳳林寺の山門に向かい、先導する檀家さん方が朗々と歌い上げる
『木遣(きや)り』の祝い歌の中、ゆっくりと歩んでいた。
沿道では、地域の皆なが手を合わせ、新しき住職を迎えようと待ち構えていた。
金英和尚は、それぞれの皆さん一人ゝに笑顔で応答すると、感激で涙する者、あるいは、その笑顔に引き込まれるかのように顔をくしゃゝにして手を振る者まで現われた。
「放送席ゝ。こちらはレポーターの熊さんです。」
「何でェゝ。熊公!!その放送席ってェのはよぉー」八五郎は思わず叫んだ。
「てゃんでェー。実況中継ってのはよぉ!!放送席。ゝ。と呼ぶのが付きものなんだよ」
「だってよ。今日(こんにち)、江戸の時代だよ。放送席とかマイクとかは無い時代だし。野球中継もないの(怒)!!」
「分かってるよ。でもな『さわやか説法』の中では、もう江戸も平成も時空を超えてる世界なの!!」
「だから、お前さんも俺も出演してるんじゃねェーか!!」
「へェッ!!そういうことか。じゃあ、熊さんよ。この八五郎も一緒に、金英和尚さんの晋山開堂の実況中継をしましょう
かね」
「はいよ!!合点、承知ノ介だぁ。相棒よ。頼みますよ。」
「分かってますってんだ。平成の時代じゃ、TVも映画も『相棒』が大流行(おおはやり)なんだぜ」
二人は意気投合して身を乗り出してマイクを握りしめた。
「えー。皆様、お檀家の皆様、本日はお日柄もよくて、日本晴れでござんす。」
「まさに、金英和尚様の住職就任式であります晋山開堂にふさわしい天気であり、お天道様もニッコリ笑っている
かのようでございます」
「よぉー。名調子!!熊さん、なかなか上手(うま)いねェー。」
「ちゃかすんじゃねェーよ。八公(はちこう)よ。」
熊五郎はテレながらも、山門に向ってくる新命和尚の金英さんを遠くに仰ぎ見た。
「ねェーゝ。ところで、何んで、住職就任式のことを『晋山式(しんざんしき)』って言うんだよ。
そこんとこ、レポーターとして、ちゃんと解説してくれないと分からないんじゃないの」と、
八五郎が本堂に座っている檀家の連中を見ながら問い掛けると、皆なは「ウンゝ」と頷いた。
「では、説明しましょうか。晋山式(しんざんしき)の晋(しん)とは進(すす)むという意味であり、
山とはお寺の山号を言うのであります。即ちこのお寺は瑞祥山鳳林寺ですから、
瑞祥山に新しい住職が進(すす)む式とのことから晋山式ということなのです。」
「へェー。そういうことですかい。よく分かりあんした。」
八五郎は相棒のいつもと違う語り口調に腕を組み唸ってしまった。
「皆様!!只今、新しくこの寺の住職に任命されました金英新命和尚様が山門に到着されました。
ここで、この山門から入るにあたり『法語(ほうご)』という言葉を述べられます」
その時、金英和尚は息を大きく吸い込み、山門の前に立ち、目の前にある香炉に、うやうやしくお香を薫じると、朗々と天高く述べられた。
「門是通暢 何曾擇人 十方解脱 大地無塵」と。
「おいゝ。熊さんよ、金英さんは、何と言ったんでェ」
「漢文で、さっぱり分かんねェーよ」
「それにしても、山門の前で言うあの言葉は一体、何のことなの」
「じゃあ。そこから皆さんに解説中継しますかってんだ」
「えー。皆様!!今、金英和尚さんが述べられたのは『山門法語(さんもんほうご)と言いまして、新しく住職となり、
このお寺の山門をくぐるにあたっての自分の心境を言い、所信を述べることなのであります。」
「で、熊さんレポーターよ。そんで、金英さんは、何とおっしゃったんで?」
「あれはね。
『門はこれ通暢(つうちょう)。何(なん)ぞ曾(かつ)て人を択(えら)ばんや。十方解脱して、大地は無塵なり。』
と言ったんじゃよ。」
「なんでェゝ。それでも分かんねェーよ。」
「もっと、俺達にも分かるようにレポートしろよ。(怒)」
他の檀家衆も一斉に「そうだゝ」と連呼した。
「金英さんはね。『この鳳林寺の山門は通暢(つうちょう)である。つまり滞るところなく自由に通れる門であり、
広く開かれているのであり、いまだかつて出入りの、人を択(えら)んだことがあろうか。と言われ、
それは十方、全ての世界は解脱(悟り)の世界であるからこそ、この大地には全く煩悩の塵など無いのではないか。
本来全ての人が仏であるよ』とのことを言われたんだよ。」
「要するに、ここは清浄なる悟りの世界である。そこに私は一歩を踏み出し、また檀家さんはもとより、
誰でも入って来て下され。という意味じゃないのかな。」
「へェー。そういう意味なのか。金英さんは自分の心境を言いながら、それに俺達檀家の連中にも自由にお寺に
出入りしなさいと勧めているんだ」
「そうだと思うよ。それで皆なも仏様の世界に入り、仏様のようになれるよ。って言ってんだよ」
「すげェーなぁ!!金英さんはよぉー。」
八五郎は、もう嬉しくてたまらなかった。本堂の中の檀家衆も金英新住職の唱えた法語の意味を知り、思わず手を合わせた。
—そして—
金英和尚は山門をくぐろうとすると、いきなり大太鼓が鳴り響いた。それは、あかたも天の雷(かみなり)が轟かんばかりであった。
皆なはビクッとして耳を塞ごうとしたが、おもむろに、熊さんレポーターは制しながら
「皆さん!!落ち着いて下さい。この太鼓は大擂上殿(だいらいじょうでん)と言いまして、住職が上殿する時、
そして大説法をなさる時に打ち鳴らすものでございます。」
熊さんの実況中継はどんどんと佳境に入っていった。
新命住職が本堂の真中に位置するやいなや太鼓は「ドン」と打ち切られると、たちまち一瞬にして静寂となった。誰一人として咳一つなく、固唾を飲んで新住職金英和尚様の凛々しい姿に見惚れていた。
熊五郎も八五郎もレポーターを忘れて見入っていた。
ここで新住職は御本尊、釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)に対して『仏殿法語(ぶつでんほうご)』を唱えられ、香を薫じると、うやうやしく三拝をされた。
この時、その礼拝に合わせて大磬(だいけい)が三度(みたび)「ゴーン、ゴーン、ゴーン」と響き、それは本堂内の檀家衆の身体(からだ)にも響き伝わったのである。
その後(あと)、金英新住職は諸堂それぞれに於いて「法語」を述べては香を薫じ、礼拝していかれるのであった。
熊さん、八っつあんレポーターは、それらを順に檀家衆に説明しては、金英和尚様の並々ならぬ決意と、その内容の深さに打ち震えていた。
「金英さんは、すごいです。放送席ゝ。陸奥の国からやってきた金英さんは実直ですごい。
栴檀林の学僧の中でも一番ですごい。俺達皆なにも優しくてすごい。肝っ玉のすわった堂々たる姿もすご〜い。」
「俺!!金英さん!!大の大の大好〜き!!」 もう熊も八も小踊りして叫んだ。
「さわやか説法の読者の皆様!!
来月号は大好き金英和尚さんの大説法の実況中継を、この熊五郎と八五郎が送ります。」
「どうぞ、楽しみにしてて下さいね。」
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合掌 |
※金英和尚の鳳林寺様での山門法語の記録は不明であり、本文中の法語は明治34年9月18日、大本山総持寺で実際に述べられた法語を参照致しました。 |