『月刊ふぁみりぃ』 2009年12月19日(土)
芝居版 「創作 ぼくざん物語」 パート十六
第四幕 金英和尚 故郷へ帰るパートⅣ
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和尚さんのさわやか説法214
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延 |
本年は皆様、ご周知の通り、八戸湊村出身の「西有穆山禅師没後百年」の年であり、その遺徳を顕彰し、記念事業が開催されてきている。
穆山禅師の御命日は12月4日であり、この時期に合わせて、過日11月26日には八戸市公会堂文化ホールにて、百回忌法要、そして前大本山總持寺貫首 板橋興宗禅師の記念講演があり、会場内は板橋禅師の御人柄とユーモアあふれる講和に魅了された。
また、穆山様の御誕生から御遷化までの足跡、勝跡を網羅し、かつ墨跡、遺品を一挙掲載した全242頁の「記念誌」の発行、あるいは、明日12月20日まで八戸市美術館を会場に「西有穆山展」が一ヶ月前の11月21日から開催されてきた。
皆様、今日と明日(12月19日と20日)しか、その「穆山展」は見ることができませんよ。
早速、出掛けてみませんか。「百聞は一見にしかず」どうぞ、真近に穆山様の「書」を御覧いただくことによって禅師の御人徳を感ずることができるでしょう。
そして、先般12月4日・5日の御命日の日、地元の「劇団やませ」による芝居が上演されたのであった。
この芝居の主役は、西有穆山様ではなく、その母、「なを」さんであった。
穆山禅師を「穆山」たらしめた「母の心」「母の生き方」が見事に表現されていた芝居であった。
私も見に行ったが、母なをが、穆山禅師こと金英和尚を訓誡し、家の格子戸をピシャッと閉め、心を鬼にして我が子を突き放し、江戸に戻り、更なる修行に邁進せよとの別れを告げるシーンは、私はもう滂沱の涙であった。
涙を拭く余裕もなくその芝居に見入った。
—さて—
「さわやか説法 芝居版」の今月号の物語は、まさしく、この母と子のクライマックス序章のシーンなのだ。
「おっおっ母ぁさ〜ん。万吉!!ただ今、帰ってまいりましたよぉー」
人々の往来の激しい木造りの湊橋を駆け降りると、そこは万吉の生家、豆腐業を営む通称「うんど屋」と呼ばれる笹本家があった。
近所の湊衆は破れ衣を身にまとった金英和尚こと万吉を目敏く見つけると、互いに「万吉が帰って来たぞぉー」
「江戸で修行している金英和尚様が お帰りになったぞぉー」と叫び、その声はまるで湊村全体に木霊(こだま)するかのように広がった。
そして、皆なは「うんど屋」めがけて走ろうとした。
万吉は、生まれ故郷の潮風を頬に感じながら、雲水(うんすい)姿の墨染めの衣をひるがえし、息を切らして久しぶりに見る我が家「うんど屋」の暖簾を仰ぎ見ると、大きく息を吸い込んだ。
「おっ母さまぁー。万吉 只今、もどってまいりあんしたぁー」 合掌し、そして叫んだ。
まわりには、湊衆の噂好きの連中が、母親なをさんがどんなふうに迎えるのか、はたまた万吉はおっ母さんと出会った瞬間、どのようにするのか、固唾を飲んで見守っていた。
中にいる母なをには、外のざわめきは感じていた。もちろん!!万吉の声が聞こえないはずはない。愛する我が子の声は胸に響いていないはずはない。
なをの豆腐を掬(すく)おうとしていた手が止まり、その手はワナワナと震え、木桶の水は波打ち、胸の鼓動も波打った。
「まっまっ万吉が帰って来たぁー」 鼓動を抑えるかのようにして、押し殺した声が突いて出た。
—しかし—
なをは、黙々と豆腐を掬う手を休めることはなかった。胸は高鳴り、飛び跳ねて行き抱きしめたいのに…。
目は白い豆腐だけを追っていた。
うんど屋の店の戸がガラッと開き、万吉が入ってくるのが分かった。
「おっおっ母さん!!」
「まっまっ万吉です!!」 母のもとに駆け寄ってきた。
すると、なをは目で万吉を制すると、
「今、仕事中だじゃ!!」
「ほらっ!!白い豆腐っこだば、水っこの中で静がっこにしてるのに」
「それだのに、お前さんだば、ナンだの!!そったらに取り乱して!!」
「ちゃんと修行してきたのがぁー!!」
「そったらに 息ばハァーハァーさせで!!どったら修行してきたんだがぁ!!」
なをは、万吉の方を向かず、水桶の豆腐に向かって語っていた。
「うふふ(笑)やっぱり、おっ母さんだば、オラのおっ母さんだじゃ」
「どりゃ!!オラさも手伝わせでけろ」
万吉は衣の袖を襷掛けにすると、ジャボンと、母の手が入っている豆腐の水桶の中に両手を入れた。
—その瞬間—
なをはビクッと息を飲んだ。
逞しく成長した万吉ではあったが、幼い時から、あやし育ててきた我が子の匂いが胸の奥底に入ってきた。
「万吉!!」
「万吉!!」
心の中で叫び抱きしめたかったが、気丈にもその思いを振り切り
「そったら掬い方だば豆腐だば逃げられるし、崩れてしまうじゃ!!」
「おっ母さんの作った豆腐は、うまそうだなぁー」
万吉は、にっこり笑って、すくった一丁を母の前に差し出すと、
「ただいま帰りあんした、おっ母さん!!」
なをは、ドキッとした。万吉の澄んだその瞳と笑顔にだ。
十数年ぶりに再会した万吉は我が子ながら、まぎれもない修行僧であり、和尚であることを実感した。
母は驚きを隠せなかった。
「万吉だば、並々ならぬ修行をし、学問をしてきたにちがいない」
「確かに金英和尚だ!!幼き頃、この家を出ていったあの時の万吉ではない」
心の中でつぶやいた。
そして、万吉が帰ってくるの報を受けてから、フツフツと心の中にくすぶり続けていたある決意は、更に深くゝ「母の心」を動かしていた。
それとは知らず、万吉は母と再会した喜びで「おっ母さん。母様(かかさま)」と何度も呼んでは、豆腐を掬っていた。
「万吉!!いづまでも、豆腐ばいじってないで、早く、お父っつあんに線香上げるんだじゃ」と、母はたしなめた。
ハッと万吉は我に帰り、「そんだゝ」
「お父っつあんに、帰ってきた報告をしなければ」
店の奥にある仏壇の前に座ると
「お父っつあん!!只今、万吉、帰って参りましたぁー」と、深々と礼拝すると、お袈裟を掛け直し、朗々(ろうろう)とした声で御経を唱えた。
戸口の前で親子の再会を見守り群がっていた湊衆の皆なは、その読経を聞くと、お互いに顔を見合わせ、驚き頷き合った。
「やっぱり、万吉だば立派な和尚様になったじゃあー」と……。
万吉改め金英和尚のそのお経は仏天にも響かんばかりか、湊衆の胸にも響いていた。
そして皆なは一様に、ある思いを万吉に期待するのであった。
この続きは、また来年正月号にて!!
今年も、残すところ十数日。来年の寅年が皆様にとりまして、朗々(ろうろう)としたよき年であることを心から祈念しております。
本年も「さわやか説法」をご愛読下さり、まことにありがとうございました。
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合掌 |
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