曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
 『月刊ふぁみりぃ』 2012年6月16日(土)
  「お賽銭(さいせん)」ってどんな意味?
  
和尚さんのさわやか説法236
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
 今から十年ぐらい前であったろうか?
 下北半島は日本三大霊場の一つ「恐山(おそれざん)」での大法要の時であった。
 その当時、曹洞宗の大本山である永平寺の貫首様が毎年、夏の大祭の中日(なかび)、御出仕され、御本尊の地蔵菩薩に回向し、恐山に集まるとされる亡き仏様方へ供養の心をささげられていた。
 その大導師は、齢(よわい)百才を越えられ、百八才で遷化(せんげ)せられた宮﨑奕保(みやざきえきほ)禅師その人であった。
 亡くなるまで、その御高齢をものともせず「霊場恐山」へ「鎮魂(ちんこん)の行(ぎょう)」を続けていたのであり、「現代の生(い)き仏(ぼとけ)」として、尊仰されていた。
 故に、その日になると下北地方の方々は勿論、全国各地から多くの信者が参集してくる。私は、その法要の司会を承(うけたまわ)りマイクを握っては、御参集の方々に進行の解説をしていた。
 法要が終了すると、禅師様は、御参詣の人々の方に向きを変え、「御垂示(ごすいじ)」といって、お言葉をお示しになられる。
 しかし何たって、百才を越える御高齢ではあるが故に、その声は凛としながらも、しぼり出すような声である。
 聴衆は聞きのがすまいと、耳をそばだてる。
—その時だった—
 大型バスから、なだれ込んできた恐山観光の群団が、その『地蔵殿(じぞうでん)』に到着するや、大きな賽銭箱をめがけて、一斉に「チャリンチャリン」と「おサイ銭」を投げこむのであった。
 その音に、禅師様の声はかき消され、聴衆の顔が曇(くも)った。
 すかさず私は、その群団に、つかつかと近寄ると、こう言った。
「皆さん!!お静かに!!」「法要の最中や、お話の時は、どうか、音のしないおサイ銭を入れて下さい。!!」
「折りたたみのきく長四角いものです!!」
 小声で注意したのではあるが、群団からはワーッとした笑いが湧き上がり、そして静まった聴衆からはクスクスとした声がもれ緊張した堂内が和らいだのであった。
 これには、私自身もびっくりした。間髪を入れずに言ったのは、思いもよらぬ言葉だったのだ。
 それから、私は、この場面のことを、時折いろいろな講演会場で話し始めた。
 特に寺院の本堂で「お賽銭箱」が置いてある処では、この話はウケにウケて、一番手を叩いて喜んだのは、和尚さん達だった。……。(><)

—しかし—
 この「チャリンチャリン」も意味があってのことらしい。前置きの体験談が少し長くなったが今日の「さわやか説法」では、この「お賽銭」について謎解き説法をすることにしたい。

 お賽銭とは、では、どういう意味があり、いつごろから始まり、なぜ投げ入れるのだろうか?
 それに、私は「お賽銭」とは仏教用語であって、なぜ神社でも「お賽銭」というのか?と思っていたこともあった。
 神社だったらそのまま、「御神銭(ごしんせん)」とか「お祭銭(さいせん)」なんて言うべきではないだろうか?なんても考えていた。
 それは「お賽銭」は、あの世の「賽(さい)の河原(かわら)」にある「三途(さんず)の川(かわ)」の渡し賃から派生した仏教の言葉ではないかと思っていたからであった。
 だから、神社で「お賽銭」と書かれた「賽銭箱」を見たり、パンフレットに「お賽銭」をお供えし、その後二拝二拍一拝でお願い事を…。と書かれてあるのを読む毎に、何か不思議な感覚を持っていた。
 そしてまた「お賽銭」に対する認識も、寺院と神社では、その相違点があるような気がする。
—てなことで—
 調べてみると、なるほど自分の思い違いや気づくことが多々あった。
「賽(さい)」自体の漢字の意味においては、「神仏より福を受けたるに報じまつること。財貨を以てするにより、貝をかく」とあり、それ故に「ムクユ、オレイマツリ、オレイマイリ」と読むとあった。
 つまり「賽」とは、神仏への「感謝の心」の表現を財貨にて奉納するとの意味なのだ。
 前述した私の先入観であった「賽の河原」的発想ではないし、仏教独自のものではないことは確かなようだ。
 そもそも「お賽銭」は、お金ではなく、「神仏に護(まも)られている、おかげ様にて」とのことから、山海の珍味やら収穫した物を供えての感謝を奉納することにあり、とりわけ「お米」を供えることにあった。
 古来、神仏へは「お米」が珍重され、その形態が「祭り」であり、そこに米を撒(ま)くことから「散米」となった。後に貨幣銭が経済発展と共に、一般的に流通し始めると、「散米(さんまい)」から「散銭(さんせん)」となり、その「散銭」が「賽銭」と変化したとのことである。
 さらには、その銭貨が、そのまま神前、仏前に撒かれていたことから、自然発生的に、それを受ける「賽銭箱」なるものが生まれ、記録として残る起源は、戦国時代の僧侶快元の日記(1540年・天文九年)に「散銭櫃」(さんせんびつ)が、鶴岡八幡宮に設置されたとの記述があるとのことである。
 そして、庶民の間に伊勢参り本山詣でが広がるにつれ、各所に散銭を集める「賽銭箱」が定着化していくのであった。
 また、神仏に詣でて自身の罪過を懺悔(ざんげ)する意味からも、それを金銭に託して祓(はら)うとするという説もある。
 つまり、賽銭箱に硬貨を散銭する音で「罪祓(つみはら)う」(鈴の音)とのことであった。
 だから、前置きの恐山の観光客群団の「チャリンチャリン」は意味があってのことで、「音のしないお札」ではないのである。
 よって私の突嗟に出た言葉は大いなる間違いであったといえる。(反省しますトホッホッ)
 以上のことから、本来は、散銭、賽銭は神仏に対する自己の生活への「感謝の心」であり「懺悔(ざんげ)の心」そして「願う心」であるはずではあるが、いつ頃からか「御利益(ごりやく)」をいただく為に「銭貨」を供えるという神仏との取引になってきた。
 もとより、お金は人間界での取引のものであって「神仏の世界」には、その価値観はあるはずもなく、人間が勝手に解釈して「ご利益の対価」にしてはならないことであることは明白の事である。
—ただし—
「願い事」は、決して悪い事でもなく、否定されることでもない。純粋なる「願い」であるならば、神様も仏様も、その願いを聞き届けてくれるであろう。

 それを、自分だけの利益(りえき)を優先し、その御利益(ごりやく)だけを願ってはいけないのである。
 また寺院にあっては亡き人を偲び供養する切なる「手向けの心」でもあった。
 両者の共通するところは、あくまでも「感謝の心の願い」が根底にあっての「お賽銭」なのだ。
 お寺参りの道歌(どうか)にこうある。
「世の人に 捨てろ捨てろと 捨てさせて 拾ってあるく 寺の坊さん」と……。
 でもね、この捨てさせるのはお賽銭ではなく、「煩悩(ぼんのう)」であることをつけ加えておきたい。
 寺参りをして清らかになって帰ってもらいたいという思いと願いがあるからであった。
 だから、神社参り、お寺参りをすると、すがすがしい気持になるでしょ!!
  合掌  
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