曹洞宗 魚籃山 常現寺 青森県八戸市
 『月刊ふぁみりぃ』 2018年1月1日
 新春特集号
 「戌年(いぬどし)に因(ちな)み」=ワンニャン斎苑の発端物語=
  
和尚さんのさわやか説法288
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
 新年 明けましておめでとうございます。
 皆様にとりまして 本年が干支(えと)の「戌年(いぬどし)」の如く「ワンワン」と「ワンステップ」する良き年であることを祈念致します。
—ということで—
「さわやか説法」新春号は、その戌年に因(ちな)み「ワンちゃん、ネコちゃん」の話を展開することにしたい。
—それは—
 八戸市は美保野地区にある「ワンニャン斎苑」と「ワンニャン供養」の発端からの物語である。

 その発端は、こんな小さなきっかけから始まった。
 時は昭和56年6月。私の寺の位牌堂裏墓地で一匹の小猫が横たわり息が絶えていた。
「この小猫は、お寺で最期を迎えたくて、ここまで来たのだろうか?」
「それとも、誰かがここに捨てたのだろうか」
 私は手を合わせ、あれこれ考えたが、出した結論は「ともあれ何とか、きちんと成仏させてやらねば」との思いであった。
 墓地の片隅に埋葬するにしても、まずは火葬してからにしようと思い、美保野にある八戸市の鮫清掃事務所に電話することにした。
 そこには動物専用の死体焼却施設があることは以前より知っていたからである。
 八戸市では、道路上で車に引かれ被害に遭った動物を回収し、また家庭で亡くなった動物の相談があれば、引き取り火葬をしてくれていたのである。
—電話の—
向こうで職員は、
「こちらに持って来てくれれば火葬して上げますよ」とのこと。
 私はその小猫を段ボール箱を棺(ひつぎ)に見立て静かに横たわせると、鮫の清掃工場に向かった。
 そこにはゴミ収集車が一般家庭から排出される廃棄物を焼却する施設とは別の場所にひっそりと小さな煙突が立っていた。

 職員の方が、その動物専用の火葬炉に入れてくれた時、私は普段着のままだったが、思わず御経が口をついて出て唱えていた。
—そしたらである—
 その職員も一緒に手を合わせて御経が終わるまでそこにいてくれていた。
 終わると、職員がこう言った。
「私は、この工場の工場長です」
「今まで死んだ動物に御経を上げてもらったことはなかったです」
 私は、ビックリした
「えっ?工場長?」
と聞き返すと、
「何だか心が安らぎました」
「やっぱり、動物でも御経を上げてもらえればいいもんですね」
と笑顔になって話し掛けてきたのである。
「今、入れた小猫の遺骨を持ち帰りますか?」
「もし、良ければこちらに動物の遺骨を埋葬する施設がありますので、そこに入れますけど・・・・・・」と言う。
 私は、またまたビックリした。
「どこに、それはあるんですか?」
「はい。では御案内します」と工場長は林の中に歩き出した。
 木立に囲まれた中にコンクリート製の骨堂に蓋がしているだけの空間が、そこにはあった。
「へェー。ここに埋葬するんですか?」
「では、ここには持ち込まれたたくさんの動物達の遺骨も埋葬してるんですね」
「さっき、今まで御経を読まれたことはなかったと言ってましたよね」と矢継ぎ早に聞くと、
「はい。そうです」と工場長は答えた。

—その途端だった—
「分かりました。では今度のお盆に私が来て御経を上げてやります」
「今、6月ですから2ヶ月後のお盆の13日に来ます。但しお寺も忙しいので朝9時でよろしいですか」と、私は言ってしまっていた。

 これが「ワンニャン供養」の発端だった。
 お盆の日、その時刻に行くと職員の幾人かが待っていてくれた。
 私は、動物の盆供養ということでお盆の御経を上げ、工場職員の方々は花を飾り、香を手向けて共に動物達の霊に手を合わせたのであった。
 その供養をするにあたり、私は工場長にお願いをしていた。
 それは、盆供養でもあるので去年からの一年間の動物達を火葬した総数であった。
 その総数を書いた一枚の紙片を渡されて驚いた。
 なんと一千体を越えていたからである。
 終わってから、私は工場長に尋ねた。
「一年間にこれだけの数だったら、1ヶ月毎にやらなければ動物達も浮かばれないでしょ?」
 またもや、私の早合点だ。

「分かりました。来月から1ヶ月毎に来て供養して上げます」
「えっ?」
「そんなんで、いいんですか?」
 こちとらも言ってしまった以上・・・。
「はい。来ます。私も和尚として不遇な死を遂げた動物達の霊を慰めさせてもらいたいと思います。」と言わざるを得なくなっていた。
 工場長も意を決したのか
「じゃあ。いつにしますか?」と問い返されたものだから
「う〜ん。どうしますか?日にちを決めるにしても、曜日にするか、特定の日にするか決めかねますので、後で連絡します」とだけ話し、私は、自分のお盆の真っ只中に帰って行った。

 忙しいお盆を過ごし一段落した時、フトひらめくことがあった。
「そうだ、犬だから『ワンワン』で11日がいいかも」
 でも、まだ腑に落ちなかった。何かが足りない気がしていた。
—その時だった—
「そうだ。猫もいるよな!!『ワンワン』だけだったら猫がひがむよな!!」
「猫はニャンと鳴く。」
「犬はワンの1で、猫はニャンの2だ」
「そうか。だったなら1と2で、ワンニャンで12日だ」
 私は心躍る気持ちになって工場長に電話した。

「工場長!!毎月の動物供養は、ワンとニャンで12日でどうですか?」
「これだと犬猫も喜ぶぞぉー!!」
と、私は電話口で叫ぶと工場長は
「ワッハッハ!!そりゃぁ、おもしろい!!」
「それで、いきましょう。」
 次に私は工場長にこう言った。
「但し、供養するといっても、これは私自身の動物愛護の心からという自発的なことである」と・・・・・・。
 つまり一切の金銭的授受のような行為はしない。あくまでも動物ボランティアでの心ということであった。
 勿論、八戸市からも、また市民からの「御志」等も一切受け取らないということを前提としてである。

 爾来、この36年間、現在まで、それは続いてきている。
 とはいえ、12日が日曜日、祝日の時は翌日の13日にもなったりしたが、現在は、平日休日を問わず「12日」を「ワンニャンの日」と命名され固定化している。
 それ以来、ペットを亡くされた家族の方々が、子どもから高齢者まで多くの人々が訪れて手を合わせてくれている。
 特にお盆の時なんかは二〜三百人の方々が訪れるようになった。
 また現代はペットも家族のひとりとして、かけ甲斐のない存在でもあり、動物の数も増加している。
 それに加え、道路上で犠牲となった動物達も増えてきている。
 今や1ヶ月平均で二百体、1年間で二千五百体を越えている現状だ。
 そのような状況下で当初は、単なる角塔婆が立っていた骨堂むき出しの慰霊碑は、モニュメント式の石像に新設され、また「ペット斎場」という名称も「ワンニャン斎苑」と改められ火葬炉も近代式の屋内型にもなった。
 そして当時の清掃工場は閉鎖後残存していたが、昨年春に解体撤去され、景観も一新した。

 これも市民が動物達の安らぎの広場として認知され、訪れる方々の癒(いや)しと憩いの斎苑となった賜物であるからだ。
 それと共に忘れてならないのは八戸市の動物達を愛護しようとする心である。
 それは「ワンニャン斎苑」の環境整備はもとより道路上で、あるいは屋外で不遇死した動物達、犬や猫ばかりではない。
 八戸の鳥であるウミネコに、鳩やカラス、いろいろな小動物まで全てを回収し、また引き取り火葬にして埋葬しているという、その努力である。
 このような八戸市の陰たる力と心によっても「ワンニャン斎苑」は、市民にこよなく愛されているのであった。

 本編、正月号は発端物語だが、次号にては、そのエピソード物語を展開する。
—乞う御期待を—

 読者皆様の本年がワンダフルでニャンともいえない良き年でありますように・・・。
                                                                 合掌
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