=女優 名取裕子さんがお寺にやってきた=
「まこと色うるわしく咲ける華の如くに」 |
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和尚さんのさわやか説法294
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延 |
「何で女優の名取裕子さんが常現寺に来るんですか?」
「どうして、あの大女優が、お寺で公演するの?」
「俺、名取裕子のファンだけど、なんで和尚の寺に来るんだぁー?」
—もう—
「名取裕子 朗読公演会」のポスターが掲示されてからこの8月から9月にかけて、こんな質問を次から次へと浴びせかけられた。
その時、私は、いつもこう答えていた。
「へっへェー。お友達だからですよぉー」って。
—すると—
誰もが一様に・・・。
「えっ?」
「まさか?」
「うっそぉー?」
の疑問詞三連発のパターンだ。
皆なは、半信半疑どころか、全部全疑の疑いの眼(まなこ)だ。
もちろん!!当の御本人の私でさえ、お友達だなんて恐れ多いが、ついつい口まかせに言ってしまっていた。
—でも—
確かに、女優「名取裕子」がお寺にやってくることは間違いない。
ことの発端は一本の電話からだった。
「和尚さん!!今から行ってもいいですか?」
「是非とも、お願いしたいことがあります」
「これから皆なと一緒に参ります」
何かしら切迫したような息急き切っての声である。
電話口の声は八戸の踊りの師匠であり、常現寺の檀家さんでもある小中野在住の「泉珠峰」先生であった。
—まもなくして—
泉珠峰さんら踊りのお師匠さん一行が玄関のチャイムを押した。
開口一番・・・。
「和尚さん!!女優の名取裕子さんの舞台を常現寺でやってくれませんか?」
「はぁ〜?」
冒頭の如くに誰もが疑問に思ったのと同様で「何で?私のお寺で?」と俄かに、映画やTVで活躍する大女優と、この常現寺とが直結しない。
「えっ?あの名取裕子さんが八戸に来るんですか?」
「ところで、珠峰さんは、名取裕子さんとお知り合いなんですか?」
「はい。実は・・・」と、その経緯を彼女らは語り始めた。
「私達に長唄・三味線を御教授いただいている先生が東京の成田涼子先生という御師匠さんなのです。」
「その成田先生が、やはり東京で、女優の名取裕子さんに長唄・三味線を教えられているんです」
「名取裕子さんが、江戸の艶姿(あですがた)という花柳界を舞台にした物語を自らが書き下ろしたというのです」
私は、その説明に聴き入りながら、
「何で、それをお寺でやるんですか?」
「そういう芝居であるなら、公会堂とか、もっと大きな舞台じゃないですか?」と言うと
「実はそうじゃないんです」
「芝居ではなく、名取さんの朗読公演なんです」
「名取さん、お一人が語りべとなって、江戸の女の恋模様を朗読するということで、大きな舞台でなくていいんです」
「えっ?朗読劇なんですかぁー」
私は聞き直した。
「はい。花柳界の女性の物語ですから、当初は新むつ旅館でやろうということからでしたが・・・」
「多くの人に観てもらいたいし、音響や照明のこともあり、いつも和尚さんが本堂を開放して、いろいろイベントをやっているので、そのことを成田先生にお話したら・・・・・・」
「じゃあ!!ともかく、和尚さんに掛け合ってみましょう。となって今日、ここに来たんです」
私は、ここまでの経緯を聞いて考え込みながらも俄然、興味が沸いてきた。
「本堂で朗読劇か!!それだったら出来るかもしれない」
「ましてや、大女優の名取裕子がお寺で語り演ずるとは!!」
「おもしろい。実に面白い!!」
いろいろな思いが交錯し始めた途端。
「分かりました。やりましょう」と二つ返事をしてしまっていた。
訪れてきた踊りのお師匠さん達が一斉に笑顔になった。
「よかったぁー。早速、成田涼子先生に御連絡します」
お師匠さん達が帰った後、私はワクワクしながらも大きな不安に襲われていた。
—さあ。それからが—
大変であった。
大女優をお迎えしての舞台だ。
どのように、どういうふうに。いかにその日に対して設定していくかだ。
そして、こちら側の準備態勢もさることながら、名取裕子さんのスケジュールも合わせて、いつにするか?から始った。
結果的に、お盆を過ぎて、秋のお彼岸前にとなり、9月15日の夜公演としたいとの名取さん側からの意向に添うこととなった。
—当日—
名取裕子さん一行は新幹線「はやぶさ9号」にて12時01分八戸駅に到着された。
着物姿の名取さん、そしてその朗読公演を彩り邦楽を奏でる成田涼子さん。お囃子の望月左武郎さん、横笛奏者の望月美都輔さん方は、オーラを放って改札口に現れた。
名取裕子さんは、皆さん御周知の如く「二時間ドラマの女王」との異名を持ち、数々のTV番組に出演し、また映画では「序の舞」「吉原炎上」では体当りの演技が話題となった大女優である。
—かくして—
その大女優が常現寺の舞台に立った。
彼女の語る艶やかな声と、その魅惑的な姿に本堂を埋め尽くした400人の観客は静まりかえり聞き入った。
—それと共に—
名取さんの朗読に併せて奏でられる邦楽の長唄や三味線、そしてお囃子に笛の音色が絶妙に増幅し合って「江戸の女の 粋で風雅な 恋模様」が展開するのである。
チン・トン・シャン長唄『都鳥』 「翼 かわして 濡るる夜は いつしか更けて 水の音」
旗本次男坊清二郎(せいじろう)と芸者染次(そめじ)との「江戸(えど)の艶姿(あですがた) 四季(しき)の写明鏡(うつしかがみ)」の朗読恋物語に全ての観客は酔いしれた。
実は、名取裕子さんの熱演を際立たせていたのは、他でもない邦楽演奏家でもあった。
先の御三方は、単なる演奏者ではない。超一流第一級の邦楽演奏家である。
名取さんの御師匠様でもあり、今回の常現寺公演の橋渡しをされた成田涼子さんの馥郁(ふくいく)たる声による長唄披露や巧みなる三味(しゃみ)の音捌(さば)き。望月左武郎氏による名手にして名手なるお囃子。更には望月美都輔さんの澄み渡る笛の響きは、否応なく江戸の花柳の世界に誘うのであった。
お釈迦様の説かれた『法句経』(五二)に
まこと
色うるわしく
咲ける華(はな)に
香(かおり)の伴(ともな)うごとく
善(よ)く説(と)かれたる語(ことば)は
これを身に行うとき
はじめて
その果実(このみ)はあらん
とある。
まさに今回の朗読公演は、この教えの如くであった。
まことに色うるわしく、咲ける華の香りの如くに、善く説かれたる朗読であり、かつ邦楽演奏であった。
その芳しき香りに私達観客はいつしか包まれていた。
名取さんも御三方も女優として、演奏家として身に行うことにより御自身の「芸」の果実(このみ)を成熟(じょうじゅく)させ演じ尽くしているのではないか。
私は舞台のソデにて強くその極みを感じさせられていた。 |
拍手合掌 |
※引用文献
『法句経』 友松圓諦訳 講談社学術文庫 |