和尚さんのさわやか説法364
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 墨をたっぷり含んだ大筆が、台座に立て掛けた和紙のボ-ドに最初の一筆が入った時だった。
 「ボン」という音が、私の耳と心に響き、それと同時に、1.3m四方の揮毫ボードがかすかに揺れ動くのを感じた。
 公会堂の観衆は、その瞬間を固唾(かたず)を吞み、異様な静けさの中で見守っている。
 その大筆が一気呵成(いっきかせい)にして自在無礙(じざいむげ)に動く。
 そのたっぷり含んだ墨が 筆の動きに合わせて無数の筋となって、滴(したた)り落ちていった。
 まるで、岩に当って落ちる波しぶきのように。
 ボードに 渾身の「一文字」を書き終えると、小筆に持ち換えて自(みずか)らの署名をされた。
-そこには-
-何と?-
-書いたのか?-
 それは、「清水寺(きよみずでら)貫主(かんす)清範(せいはん)」と、墨痕鮮やかにして、花押を記した。
-そうなのである-
 署名された方は、あの京都は、清水寺の住職であり、北法相宗の管長でもある「森 清範」猊下(げいか)その人なのだ。
 今や、誰でも知っている年末恒例の「今年の漢字」を、それこそ「清水の大舞台」で書き上げられる大和尚様だ。
 かく有名な方が、まさに、その大舞台から降りては、八戸に来られて一筆を振るわれた。

 あの1.3m四方、桜色の縁取りの和紙の中央に描かれた漢字一文字は八戸市民が選んだ文字『海』だった。
 応募総数1439点の中で 第1位となった漢字である。
 その堂々たる筆力の『海』は まさしく「八戸の海」を表わすかのような 勢いのある『海』を描き、また広く輝く大海原を連想させる筆致でもあった。
 あるいは 見ようによっては 穏やかな太平(たいへい)の海(うみ)とも感じ取ることもできる。
 もう こうなってくると、清水寺の貫主様が書かれた一文字は、単なる漢字ではなく、一幅の絵そのものでもあった。

『海』を書き、署名後、大筆を静かに硯(すずり)の上に収めると、観客に向って振り返り一礼をされた。
 静けさが一変し、まるで浜辺に押し寄せる波の如くの拍手が、公会堂に鳴り響いた。
 時は、令和7年6月11日夕刻17時20分のことである。

私は あの時、その場においては 実は司会者の立場であったことから 一番近くのステージの横で貫主様の書く姿を見て取れたし、観客の皆さんの息遣いから、舞台を凝視する姿、万雷の拍手の地鳴りを肌で感じ 身体で感じさせられていた。
 まさに 特等席にいたからだ!!
 その特等席には、もう一人の人物がいた。
-それは-
 あなたが選ぶ「八戸の漢字」選考委員会の委員長である 八戸市文化協会会長の「泉 紫峰」氏であった。
 選考委員会のメンバーは仏教会の会長をはじめ、八戸市はもとより、八戸商工会議所、VISITはちのへ等々の各団体の有識者17名から構成されている。
 その委員長である泉さんは、貫主様が御揮毫される直前に、選ばれた「八戸の漢字」を高らかに発表するのだ。
 まるで、年末の「レコ-ド大賞」や「歌謡大賞」を発表するかのようなシチュエ-ションである。
 ♬ジャジャジャジャ-ン♬と音楽が鳴り響き渡ると、場内が真っ暗になる。
 突如、その音楽が止むと スポットライトが 泉委員長を照らした。
「あなたが選ぶ『八戸の漢字』一文字は『海』です!!」
 和服姿の泉さんは歯切れが良いというか、気風が良いというのか、切れ味鋭く宣言した。
 すかさずその漢字を、A3版の紙に大書きした文字を、観客の皆さんに、「ぱっ」と、開いて披露したのである。
 さすがに 踊りの先生であり、名人である。
 堂々と、舞台で演ずるかのように見栄を切ったのだ。
 私は、それを目(ま)の当(あ)たりにして唸った。
 「役者だなぁ~」ってね……。

『海』が選ばれた理由のコメントの多くは、
「海に開けた八戸」
「海から開かれた街、八戸」
「海とともに発展してきた街だから」
「子ども時代から、海に育てられたような」等々が寄せられての1位だった。

 続いて 委員長は、選考委員会のメンバ-が鳩首協議(きゅうしゅきょうぎ)、議論百般(ぎろんひゃくぱん)、喧喧諤諤(けんけんがくがく)の上、選考した「朳(えんぶり)」と「食(しょく)」を発表し、猊下は、その2文字を左右に移動しつつしたためられた。
 その都度、大筆が白い和紙に踊る。
 85才の御老体とは、思えぬ程の躍動感にみなぎっていた。
 結果、3点を見事に書き上げたのだ。

-実は-
 八戸仏教会では、こう要請していた。
「せっかく八戸に来て ご揮毫いただくのですから」
「たった一つというわけにもいかず」
「何とか 3点をお願い出来ませんでしょうかぁ~?」
 それを聞いた 清水寺側は戸惑った。
「えっ?」
「3点?」
「今まで そんなに書いたことありません」
 こちら側としては、何とか強行突破を試みた。
「遠路、来られることですし…」
「たった1点だけだと猊下に申し訳なくて…」
「八戸市民が喜んでくれると思うので…」
と、まことに勝手な言い分を並べ立て、最後のこの一発が効いた。
「選考委員会を組織しているので 第1位を選ぶだけですと、その意味が無くなるもんで……。 何とか……」
-すると-
「えっ?」
「わざわざ選考委員会を作ったんですか?」
「分かりました」
「猊下を説得します」
となったのだ。

-てなことで-
 選考委員会では、寄せられた1439点、225種類の漢字の中から 第1位の「海」を除き、2点を選ぶことになった。
 私は、事務局長の立場から その漢字の一覧表を委員に提示し説明するだけで、選考に対しては一言も発することが出来ない。
 第2位は「八戸」の『八』である。
第3位は『港』。第4位は『湊』だった。
 私は心の中で祈った。
「港と湊を合計すれば第1位の海と同じぐらいの点数だ」
「だったなら 港というより 俺なら 『湊』だな」
 誰かが言った。
「海は、港も湊も浜も含まれます。だから『海』でよろしいでしょう」
 私の心の中での祈りは 海のもくずとなって海底に沈んだ……。トッホッホッホ……。

 私は「八戸」の「八」も良いと思った。単純な漢字だけに太筆で大きく書けば面白いと思ったからだ。でも選ばれたのは「八」の字が付く『朳』だったのだ。
 ある方が発言した。
「海が第1位で選ばれたのですから、それに対して陸(おか)でいきましょう」
「陸(おか)というのなら大地の恵み『朳(えんぶり)』でしょ」
「八も入るし、八戸ならではの祭りです」
 皆なは一斉に頷いた。

3点目の選考も意見百出に甲論乙駁(こうろんおっぱく)。談論風発(だんろんふうはつ)。
「食の街はちのへ」「八戸は美味しいものがある」「全国の皆さんに誇れる『食』がある」
 誰かが言った。
「食という字は、八戸の『八』に『良い』と書く。」
 結果的に満場一致で「食」が選考された。

 「海」「朳」「食」この3点の清水寺貫主様の直筆ボ-ドは この7月18日 八戸市に寄贈された。
 さすれば、この実物を八戸市は どこで公開するのであろうか?
 市民の皆様にいつ披露されるのであろうか。
 どうぞ 皆さん!!楽しみにしてお待ち下さい!!

合掌

「さわやか説法」
◎付録
 八戸仏教会の事務局員である、IT世代の現代青年僧が、公募で決定し森貫主様が揮毫された「八戸の漢字一文字『海』『朳』『食』の3文字をテ-マにして AIに作詞作曲させ、かつ歌まで うたわせたのです。
 現在、その動画を発信しています。
 どうぞ 読者の皆様「八戸仏教会」と検索し、You Tube で御覧くださいませ。
おもしろいですよ!!
-では-
 その歌詞を紹介しましょう。
 題名は「海・朳・食~ふるさと八戸の歌~」です

 一、
♬ 海からの風が 語りかける
 朝のいぶきが 空にほどけてく
 自然の豊かさ 味覚いろどる
 結び結ばれる あたたかい街

 海よ たえず波うち時つむぐ
 えんぶりよ 未来ことほぐ
 舌つづみに 嬉しさあふれる
 ここが わたしのふるさと ♪

 二、
♬ 街をつつむ えんぶりの調べ
 祈りつぐ舞いが 春を呼び込む
 海山里の 四季に幸ある
 朝な夕なに あたたかい街

 海よ 広く大きく夢運ぶ
 えんぶりよ 願い踏みささぐ
 舌つづみに 優しさあふれる
 ここが わたしのふるさと ♪

 三、
♬ 潮風が運ぶ 折々の歌
 ひだまりに揺れて 心に響く
 懐かしさ 今も胸に
 新しい日々が めぶいてく

 海よ 拓く明日に続いてく
 えんぶりよ 大地ふるわせて
 恵あふれて 心うるおう
 わたしのふるさと 八戸 ♪

 どうぞ、You Tube動画を開いて、聴いてください!!
心が ほっと温まりますよ!!

合掌

 ※歌の歌詞は、「海・朳・食~ふるさと八戸の歌~」2025年6月27日up Edit版より