和尚さんのさわやか説法272
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
「♪ 雨の日。風の日。くもりの日〜 ♬ 」
このフレーズが、あの日から脳裡に刻み込まれ、今でも、時折り口から、ついて出る。
—しかし—
このフレーズの後が続かない、覚えていないのだ。
でも、その一節のメロディーと共に、一つの情景も浮かんでくる。
—それは—
舞台上につるされた大きなスクリーンがあり、そこに写し出された女性の姿のシルエットだ。
そう!!まさしく「絵姿」の女性だった。
時は、昭和57年。八戸市公会堂で、市民創作オペラ「絵姿女房」が上演された。
南部八戸に伝わる民話をモチーフに、若き青年会議所時代「ラブはちのへ運動」を全国に発信した熊谷拓治氏が原作、脚本を手掛けた。市民手作りからなるオペラだ。
今から35年前のことである。
—それが—
先月5月2日、花のお江戸は、東京で、新たに生まれ変って再演されるというのだ。
「えすがた女房?」
「和尚さんの奥さんはS型でなく、O型。大型女房だべな!!」
「はぁ〜。確かにその通りなんですが」
「S型でなく、絵姿女房なんです」
町内会のお花見会で揶揄されながらも、何とか時間をやり繰りし、東京は「深川江戸資料館 小劇場」に向かった。地下鉄「大江戸線」の駅出口からそこに至る街並は、都会の中にある古き江戸情緒が残っているようなところであり、またお寺が建ち並んでいる寺町でもあった。
それらをながめながら私は、その奥にある「深川江戸資料館」を探し当てた。
劇場入口で開演を待つ人々の中に、八戸から来た顔見知りの方々が大勢いたのには、びっくりしてしまった。
たぶん、皆さんの心の中にも、30数年前の情景が今でも残っているのだろう。。
江戸資料館の劇場は200席ぐらいのスペースであり、舞台と観客席が一体化した感がある小さな劇場だ。
八戸での以前の公演の時は、舞台の前列にオーケストラが配置されていたが、今回はピアノ1台であるというから驚いた。
—しかし—
その1台のピアノが見事にオペラ楽曲を演奏し、場面場面を転換させ、そして上演者の歌声が響き渡ると、否応なく「絵姿女房」の世界に引き込まれていく。
ストーリーは、こうである。((注)パンフレットのあらすじから)
「長助は村一番の働き者。桃子は城下一の器量良し。その二人が夫婦になりました。」
「幸せいっぱいの二人でしたが、困ったことがただ一つ。長助は桃子のことを考えると、仕事が手につかず、すぐに家に戻ってしまうのです」
この長助と桃子の幸せいっぱいの二人の愛情ふくよかな描写が、お互いの笑顔と歌声によって表現される。
観客席にも、それが伝わってきては、皆なからは、時折、微笑みの声がもれ、時には手拍子。そしてまた長助が、桃子が、歌い上げると、その度に大きな拍手が巻き起こった。
「しっかり者の桃子は自分の絵姿を長助に渡し、その絵姿をいつもそばに置いて、一生懸命、働いてとさとします。」
この「絵姿」を舞台上の桃の木に、ぶら下げ、その「絵」が観客席に見えた途端。私達は「ワー」と大声で笑ってしまった。
その姿絵は、ヒロインのポッチャリとした笑い顔であり、髪型は昔風の丸髷(まるまげ)だ。(芸能人の「柳原可奈子」的なお顔)
丸まる顔に丸髷の絵姿に、目をやる毎に、何かしら可笑しさが込みあげ、そこに二人の軽やかな歌声と共にピアノ演奏が増幅した時、舞台と客席が一体となった。
—まさに—
主役は「絵姿」そのものだったのだ。
この桃子役こそ、この初演「オペラ絵姿女房」を作曲をされた「内田勝彦」氏のお嬢さんなのだ。
その時、彼女は小学校2年生で、八戸市公会堂の花道そでから、お父さんの作曲した「絵姿女房」を見ていたという。
桃子役の内田智子嬢は、昭和音大声楽家を首席で卒業され、現在は、東京芸大大学院修士課程独唱科在学中とのことであり、彼女の音楽仲間が集まって再演が実現した。
まさに、親娘(おやこ)DNAの結実した歌劇であり、あるいは、八戸市の芸術文化DNAがお江戸は東京に伝播した「創作オペラ」でもあったのだ。
—物語を続けよう—
「ところがある日、大切な絵姿が盗まれてしまいます。かねてから桃子に横恋慕していた名主が、お城の殿様に届けたのです」
「桃子は、お城に連れ去られてしまいます」
「そして、3年が…」
桃子は、お城に連れられてからは、あの可愛い笑顔が消えてしまうのである。
私は劇中にのめり込み、段々と名主や殿様がに憎(にく)つらっくなってきた。
長助は、桃子が連れ去られてから、毎日がつらく、ションボリしている。
3年の月日が経った時、あの桃の木に「桃」が実をつけた。
それはそれは、美味しそうな、ぷっくりとした「桃」だ。
その時、長助は思い出す。「桃が育ったらお城へ売りに来て下さい」との桃子の言葉を。
長助は、桃売りとなって、お城に行った。
「ももや〜 ももはいらんかの〜」
「桃栗3年〜 3年ごしの甘い桃〜」
その長助の声が聞こえた瞬間桃子は笑った。
あの可愛い笑顔が戻ったのだ。
それを見た殿様は、嬉しくなって、桃売りとなった長助を呼び寄せた。
「ももや〜 ももや〜 3年越しの甘いもも〜」
桃子は小躍りして大きい声で笑いころげる。
「これ、桃売りや、わしの着物と取り替えよ」
殿様は、桃子を喜ばせたくて着物を交換して、桃売りとなっておどけては、城の外へ出て行ってしまう。
そうしたならば、長助は、殿様となって、桃子と再会を喜び合うのであった。
まさに奇想天外な話だ。
殿様は、城の外に出たのはいいが、戻ってくると、門番や家老達が城の中に入れない。殿様をこらしめ、二人の仲を裂いた非を詫びて、やがて殿様は改心し、二人は固く結ばれる。
めでたし めでたし
こんなストーリーだ。
—そして—
フィナーレは、圧巻だった。
「♪ 愛する人の絵姿を 心の中にもつ人は どんな苦しみ悲しみも 耐えてしあわせ つかみます ♬ 」
上演者も、観客席も手拍子を打ちながら、共に歌い笑顔となっての大合唱だ。
「♪ 愛する人の絵姿を 心の中にもつ人は 大きな よろこび しあわせを もっと 大きく育てます ♬ 」
何度もカーテンコールが起こった。その度にボルテージは上昇する。
いつ終るのか?と思うほど坩堝化(るつぼか)していた。
最後に原作者の熊谷拓治氏が登壇し、こう述べられた。
「この絵姿女房のテーマは、歳月は変わる。しかし、変わらないものは『人を愛する心』である。」と……。
ここには長助と桃子の変わらぬ「愛」を語りながらも、35年の歳月を経ても変わらない、八戸市民創作オペラを愛する心であり、「絵姿女房」という歌劇を愛する心でもなかろうか。
そして南部八戸の民話を愛し、変わらずに語り続けていく愛なのではないかと、私は思った。
舞台が終っての帰り道。深川の江戸の街並を歩きながら、私は、いつしか口ずさみ歌っていた。
「♪ 愛する人の絵姿を〜。心の中にもつ人は〜 ♬ 」とのワンフレーズを…。
合掌
参照
昔話喜歌劇 「絵姿女房」
熊谷拓治作詩 「愛する人の絵姿を」