和尚さんのさわやか説法211
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
暑いお盆である。例え冷夏であったとしても、「お盆」は、やっぱり暑くて熱いのである。私は何かこの期間は、日本人の心にある亡き人を想い、御先祖を偲ぶ「魂のエネルギー」というものを感じざるを得ない。
だから熱いのである。
花のお江戸は牛込鳳林寺界隈はお寺の多い地域であり、やはり暑くて熱いお盆を迎えていた。(現代の東京地方のお盆は7月盆が主流)
穆山禅師こと、若き金英和尚は、檀家さん一軒一軒を訪ねては、お盆の経を読み、寺にあってはその行持にと追われながらも、皆さん方への応待に一生懸命であった。
なればこそ、この鳳林寺に晋住してからは、金英和尚の徳望を親い、地域や檀家さんはもとより、色々な人々が訪ねてきては、悩み事や心配事、はたまた無理難題までもと相談にやってきた。
「よぉー。金英さんよ。暑いねェー。お盆で忙しいだろうから、お手伝いに来ましたよ!!」
「てやんで。熊公よ。お前さんのは手伝いっていうより、邪魔しに来たってんのよ!!」
「ふん!!八公よ、お前だって同じよ。せまっ苦しい長屋にいるより、お寺の本堂は涼しいってんで来たことぐらい先刻、御承知だい。」
まっこと熊五郎、八五郎の名コンビは掛け合漫才よろしく鳳林寺にやってきた。
「金英さんよー。お邪魔じゃなく、ちゃんとお手伝いに来ましたよぉー」
「おや?返事がないねェー。じゃあ!!勝手に上がりますよー。」
「ほっ!!先客がいるじゃねェかい」
熊五郎と八五郎は玄関から入ると、老婆がしきりに何かを話していた。
「そうかそうか。お婆さん!!お前さんはそんなにアンタとこの嫁さんの、やることなすこと気に入らないのかい」
「そうですよ。まぁウチの嫁だったら…。」
金英は、その老婆の嫁姑の問題をうなずきながら聞いていた。
「金英さんも大変だね。何でも相談に乗ってやってさ」
熊と八は腕組みをしながら盗み聞きしていた。
「うん。分かった!!では、お婆さんにも嫁さんにも、腹が立たないおまじないを教えてやろう!!」
「えっ!!どんなおまじないなんですか?」
「そう!!これはな、お地蔵様から教えられた家庭円満のおまじないじゃな」
「へェー。家庭円満のおまじないね。このオレも教えてもらいたいもんだ」
熊と八も、思わずお婆さんと同じように隣の部屋から身を乗り出した。
「お地蔵様を礼拝するときのお唱えは、こう言うのじゃな」
金英は朗々(ろうろう)と唱えた。
「ロ奄(オン) 訶訶訶(カーカーカ)尾娑摩曳(ビサンマエイ)娑婆訶(ソワカ)。オン カーカーカビサンマエイソワカ!!」と…。
「何でェ何でェ 漢字だらけで、何のことかさっぱり分からねェーよ」
熊と八は心の中で叫び老婆は老婆で、目をパチクリさせた。
「これはな地蔵真言というものでな。ロ奄(オン)とは帰命(きみょう)あるいは供養するとの意味で心から念ずる最初に発する言葉なのじゃ」
「そして訶訶訶(かかか)とは、お地蔵様本体の名を重ねて呼んでいるのであり、尾娑摩曳(ビサンマエイ)とは、希有(けう)という意味で類(たぐ)いまれなるとの讃歎の言葉なのじゃな」
「そして最後の結びの娑婆訶(そわか)とは円満とか成就とか幸いであれという意味なんじゃよ」
「つまり、この真言はお地蔵さん、お地蔵さん、お地蔵さんと親しみを込めて讃歎し幸せを願うお唱えなんじゃな」
「へェー。そういう意味でありまするか。」
そこにいたお婆さんも、熊さん八っつあんも金英和尚の言葉にウンウンと頷いた。
「それで、家庭円満のおまじないとは、どのようにお唱えするんでしょうか」
「それは、今のお地蔵様への真言を、こうお唱えするのじゃ」
「おん。にこにこ腹たてまいぞや そわか」
と、金英和尚が手を合わせて朗々と唱えた。
隣で聞いていた熊五郎を八五郎は
「ブハー。」と吹き出すと、お婆さんも「ウッフッフ」と笑いだした。
それを見てとった金英和尚は、またまた「おん にこにこ腹たてまいぞや そわか」と何回もお唱えし始めた。
「さあー。お婆さんも一緒に唱えてみなされ!!盗み聞きのアンタらも一緒に唱えるのじゃ」
「おん にこにこ腹たてまいぞや そわか」皆なで大合唱となった。
その時お婆さんも熊五郎、八五郎も、皆なニコニコ顔の笑い顔で唱えていた。
「そう、これが家庭円満のお唱えであり、嫁姑が仲良くするおまじないなのじゃ」
お婆さんは、ハッと気づき、目の前の金英和尚に唱えながらも、深々と合掌したのであった。
「金英さんは、すごいね。あの難しい真言とやらを、オンにこにこだってよ」
「ほんによ。頓智がきくっていうか、おもしろいっていうか。大したもんだよ」
もう熊公も八公も感心するばかりであった。
「ほい!!そちらのケンカっぱやい、お二人さんも、カミさんと仲良くするんだよ」
「はい!!分かりあんした。オン、にこにこですね。」
「そうだよ。お前さん達、着物を何でしめてるんだい」
「何って、帯に決まってるじゃないですか」
「そう、腹には堪忍の帯をしめるんだよ」
「てへェー。堪忍袋じゃなくて、堪忍の帯をしめるんですね」
「こりゃ、まいったね金英さんには…。」
二人は、もう金英和尚の機智あふれる教えに、またまたぞっこん惚れ直していた。
お婆さんも、何か吹っきれた様子で家路を急いだ。
帰りすがら「おん にこにこ腹たてまいぞや そわか」と口ずさみながら…。
そんな頃、金英和尚の故郷八戸の湊村にある生家「うんど屋」には、笹本家の親類縁者はもとより、近所の連中が沈痛な面持ちで、集まっていた。
「お前さん!!お前さん!!」
金英和尚の母であるなをさんの悲しみの声が響いた。
—そう—
夫であり、金英和尚には父である長次郎さんが亡くなったのである。
「なんて、おだやかな顔なんだぁー。」
「さすが、仏(ほとけ)長次郎と呼ばれるだけのことがあるわい」
「苦しかったはずなのに、何ともないようなふりをしてさ…。」
「いつも、にこにこ笑って仕事に精だしてたもんな。」
「ほんだほんだ。いっつも、にこにこしていだっきゃ!!」
村の人々は亡き長次郎さんの人柄を偲んでは涙にむせた。
—そう—
穆山様の、機智あふれるあの地蔵真言のお唱えは、この仏長次郎の「にこにこ心」の資質を受けついでいたのかもしれない。
その時、花のお江戸の金英和尚は、何か胸騒ぎを覚えていた。
この続きは、また来月号で「金英和尚 故郷へ帰る」で。
さあ!!皆さん!!暑いお盆は、御先祖様を迎え、家族そろって
「おん にこにこ腹たてまいぞや そわか」の心で家庭円満にてお過ごし下さい。
合掌
注:地蔵真言のエピソードは、本来は西有寺時代の事ですが若き頃に脚色しました。