和尚さんのさわやか説法352
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 今月号もまた札幌「大凶の旅」騒動記であり、続編だ。
 札幌は「すすきの」狸小路にあるホテルにチェックインすると同時に聞いた。
「近くにドラッグストアはありませんか?」
「はい!!こちらの狸小路側のドアの向かいにあります」
 言われた通りドアを出て左側前方を見ると、小さな薬局があった。
 そこは、まさに狸小路にある「狸穴(まみあな)」ではないかと思われるようなひっそりとした薬局だった。
「ここは、きっと傷ついたホステス狸や、病んだホスト狸たちが救いを求めて来る薬局だろうな?」
 高熱にうなされているだけに、いらぬ妄想が沸いてくる。自分も同じ穴の狸(むじな)のくせに!!

「すみません。体温計と、抗生剤の薬と、それに抗生物質の入った塗り薬ありませんか?」と尋ねた。
「一体、どうなさったの?」と女性店員が聞くもんだから、左足首のズボンを巻き上げて見せた。
-すると-
「げぇっ!!」と叫ぶや、電話の受話器を取り上げて誰かを呼んでいる。
 ほどなく、白衣を身に着けた薬剤師らしき店主が奥から現われた。それは、まさに狸爺々だった。
 私は、咄嗟に思った。
「やっぱり、ここは狸穴(まみあな)に違いない」と…。
 私は、自分の病状を説明し、赤黒く腫れた左脚を見せた。
-すると-
「処方箋がないので抗生剤は出せません。今からだと、夜間救急センターに行って、そこで診(み)てもらいなさい」
「今は、とりあえず体温計を出します」
 私は出された体温計の箱を破り、計ってみた。
-なんと-
 数値は、39.8度だった。
 薬剤師狸爺さんもそれを見ると、叫んだ。
「すぐ、タクシーで救急センターに行きなさい」
 タクシーは「すすきの」の光り輝くネオン街を疾走した。
 私は、そのネオンを車越しに見て呟(つぶや)いた。
「本当は今頃、ここで飲んでいたのに……」
トッホッホッホ💧💧💧

 札幌保健所救急センターの前には、警備員が立っていて、受付へ案内してくれた。
 受付で病状を詳細に話すと、聞いていた係の方は、
「う~ん!!」と唸(うな)ると
「ここの救急センターは、救急といっても腹痛や頭痛ぐらいを見る所で、貴方のような病状は救急外来のある大きな病院へ行って下さい」
「へーっ。病院の盥回(たらいまわ)しですかあー」
 皮肉を込めて聞こえよがしに言ったが、担当者は、それを無視し、こう言った。
「まず、電話を掛けてみて下さい」
 渡された各病院名が記載されたコピーを見ながら、また盥回(たらいまわ)しをされないように、どのように自分の病状を伝えるか作戦を立てていた。
 札幌中央病院なる大きそうな病院へ電話した。
「どうされました?」
 私は、作戦の通り、のっけから、こう捲(まく)し立(た)てた。
「実は、蜂窩織炎(ほうかしきえん)になったみたいです。」
「左足首周辺が熱と痛みがあり、蜂の巣のように腫れています」
「現在、熱は39.8度。多分、CRP血液炎症反応は、かなり高くなっていると思われます」
 知ったかぶりの薄知識(うすちしき)で言い放つと、
「えっ?」
「貴方は、医療関係者ですか」と、逆質問してきた。私は即答した。
「いえ、宗教関係者です!!」
「はぁ~?」
受付担当者は、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。
「まぁー。ともかくすぐ来て下さい」
 またまた、タクシーに乗った。繁華街を外れた夜の札幌は静かで人通りも少ない。タクシーはスピードアップした。
 電話応答が効いたのか、札幌中央病院の受付対応は素早かった。問診票を書き終わると、すぐさま看護師さんが、形成外科の外来へ案内してくれ、体温計を渡された。
 程無くして「高山さん どうぞ」とのアナウンスが聞こえた。
 若い医師だった。
私のパンパンに腫れ上がった脚と体温計を見比べながら、即座に
「入院ですね」
「すぐに抗生剤の入った点滴をします」と告げられた。
-私は慌てた-「ちょっ、ちょっと待って下さい」
「私は明日、研修会があるし」
「青森県の八戸市から来ていることもあり、入院は無理です」
 私は懇願した。
若い医師は、すぐさま反応した。
「分かりました。では今から点滴し、明日の朝、また点滴します」
「来られますか?」
「はい!!研修会は、明日の午後1時からですので、大丈夫です。」
 それを聞きながら医師は、PC画面をスクロールして
「明日の9時、何とかベットを空けました。」
「必ず来るんですよ」
 そう念を押された。
「その点滴が終わってからお薬を出します」
「今日は、点滴の抗生剤で充分です」
「心配なし」とキッパリ言い切った。

 診察を終わり、点滴室へ看護師さんの案内を受けながら向う時、こう話した。
「さっきのお医者さんは、実に明快、明瞭に話される方なんですね」と感想を述べると、看護師さんは笑いながら、
「そう!!優秀な先生ですよ。物事を正しくハッキリ言いますね」

 点滴室のベットに横たわると、点滴担当の看護師さんが、毛布を二枚掛けてくれ、点滴パックをつるした。
「では、アルコール消毒をします」
「アレルギーは無いですね?チクッとしますよ」
 私は、点滴の落ちる一滴、一滴を見つめながら心の中で呟いた。
「嗚呼(ああ)…。本当は、すすきのニュークラブでアルコールを飲むはずだったのに…」(涙)💧💧💧
「今、俺はアルコールはアルコールでも、消毒だもんなあ……」
「ホステス嬢の御接待ではなく、ナース嬢のおもてなしだぁ~」(涙)
💧💧💧💧💧💧💧💧💧💧💧💧

 お釈迦様の説かれた『法句経』(33)に

こころはざわめき動き
持(まも)りがたく
調(ととの)えがたし
されど
智者(ちしゃ)はよくこれを正しくす
箭(や)をつくるもの
直面(まっすぐ)に箭(や)を矯(た)めるがごとし


「すすきの」でアルコールを浴びる程、飲もうと思っているアホな和尚を戒める為に、お釈迦様は、私の心を消毒させたのだ。
 この『法句経』の一節を、あの病院の先生と私に当てはめて超訳してみよう。

 札幌の「すすきの」に行きたくて、こころはざわめき動く
 ゆえに 健全な心を保持することなく 体調は調えがたく悪くなりけり。
 されど、智者たる医師は、よくこれを正しくせんとす。
 まさに箭匠(やづくり)が 矢をまっすぐに矯正するように……。

 確かに 札幌中央病院の若き医師は、私の曲った矢のような体調を、見事に矯正し、回復させてくれた。

 今回の札幌出張は、「大凶(だいきょう)の旅」ではなくして、まさに「大恐(だいきょう)の旅」でもあった。
 不埒(ふらち)な狸和尚をお釈迦様は戒めたのだ。
 恐るべし!!
 お釈迦さま……。

合掌  

 ※『法句経』友松圓諦訳 講談社学術文庫