和尚さんのさわやか説法354
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
今月号の「さわやか説法」は、先月の「お盆号」に続いて、またまた「パクリ説法」南部昔っこ「わらしべ小僧」物語だ。
「おい!!待て!!小僧!!」
突然、おさむらい様が呼び止めたのす。
「どうじゃ!!お前の持っているものをワシによこせ!!」
「いやぁー。これは、さっき、助けだお嬢様がらいただいた絹の反物だ」
「やるわけには いがねェじゃ!!」
小僧っこだば、首を横さ振ったのさ。
-したっきゃ-
おさむらい様だば、こう声高(こわだか)に叫んだのす。
「オレは 武士だぞ!!」
「さあ その反物をワシによこせ」と、おねだりをしたんだど。
小僧っこだば、思わず後退(あとずさ)りしながら
「パワハラだじゃ」
「おねだりハラスメントだじゃ」と……。
-ウン?-
どっかで、このようなフレーズがあったような?
そうだ!!
関西地方のある県の某知事のことだ。
では、「知事」とは、何ぞや? 実は、そもそもは「仏教用語」なのだ。
読者の皆さんは、「えっ?」「まさか?」と思うでしょうが、知事とは、古代インド、サンスクリット語で、「カルマ・ダーナ」の漢訳語で、インドの僧院の役職名だった。
-そこで-
少し脱線して、「知事」の本来的意味について「さわやか説法」しよう。まさに脱線説法だ。
なんたって、今、知事という言葉が、世間を賑わしてますからね。
仏教の『禅学大辞典』には、こう記されている。
「知は主、つかさどること。事は事務で禅林の運営のこと。禅門寺院の運営をつかさどる責任のある役位をいう。」とのことである。
つまり、古代インド発祥の仏教が中国に伝来し、宋(そう)の時代(960~1279)これを範として、府・州・県という地方府の長官を指す言葉として使用されたことによる。
それを、日本が明治政府の誕生とともに、廃藩置県による地方の行政単位として、この中国の制度を参考として、都道府県の行政の長を「知事」と位置づけたのであった。
-てなことで-
「知事」の本来的出典は、仏教にある。
故に、鎌倉期の道元禅師(1200~1253)は『知事清規(ちじしんぎ)』なる禅門寺院での規矩(きく)規律を著わされた。
その中の一節に、知事たる役職の心構えが示されているのだ。
「知事(ちじ)の心術(しんじゅつ)は、仁義(じんぎ)を先とし、柔和(にゅうわ)を先とし、雲衆水衆(うんしゅうすいしゅう)に大慈大悲(だいじだいひ)ありて、十方(じっぽう)に接待(せったい)し、叢席(そうせき)を一興(いっこう)す」
現代語訳をすると、
知事たる役職の心構えは、思いやりと公正(仁義)を第一とし、また温和(柔和)も第一として、雲水(修行僧)に対して、(現代なら県庁職員や、県民ですね。)大いなる慈悲の心を持って、十方、即ちあらゆる人々や、あらゆる場所にて分け隔てなく接し、叢林、つまり修行道場を盛り立てていくものだ。
言うならば、県政を一丸となって盛り立てていくものだ。と説かれていることに他ならない。
この道元禅師のみ教えを、某知事は、どう聞くであろうか?
-さてさて-
脱線し過ぎてしまいました。本題の「わらしべ小僧」物語に戻ることにしよう。
おさむらい様だば、小僧さ、倒れてしまった馬を押しつけ、持っていた絹の反物を無理やり取り上げたのす。
「やっぱり、オラはついてねェーなぁ!!」
でも、小僧っこだば、その倒れている瀕死の馬っこば、せっせと介抱したんだど。
「観音さまぁー。この馬っこば、助けでけろじゃ!!お願いしますじゃ!!」と祈ったのさ。
その様子を天界から観音様は見ていだず。
「あの小僧は、馬の生命を救わんとする慈しみの心を持っている」
「それも我が身を顧(かえり)みず一生懸命にじゃ」
「そうか!!そうか!!」
観音様だば何やら頷(うなづ(ず))いだずもな。
「大丈夫だよ!!」
「大きな運となりますよ!!」(笑)
-そしたらである-
馬だばパチリと目(まなぐ)をあけだずもェー。
「うっ馬っこ。生ぎがえったのがぁ~」
「ひっひひひ~ん」
馬っこだば、むっくり起き上がって、小僧っこの顔ば、ペロリンとなめだずもな。
「いがっだ」
「いがっだ」
小僧だば、小躍りして喜んだど。
それがら、小僧だば元気になった馬っこの手綱(たづな)を引いて、また西の方角に向かって歩ぎ始めだのす。
そしたら、ある城下町へと辿(たど)り着(つ)いだのさ。
「おい!!馬っこ!!やっと おまんまにありつけるがもよ」
「ひっひひひ~ん」
「そうが。お前も腹へったよな」
やがて、小僧は大きなお寺の山門の前に佇(たたず)んで仰ぎ見だんだど。
お寺の庫裡(くり)の方に目をやると、遠くに馬小屋らしきものが見えだ。
「あのう。すまねェだが おらの馬っこさ ちょっこら餌ば もらえねェべが」
そこのお寺の、やはり小僧っこさ頼んだずもェー。
「おめェだば オラど同じ小僧だが?」
「そんだよ。修行中の見習い小僧さ」
「そうが!!そうがぁ!!同じ修行仲間だもな」
「いいよ!!いっぱい食べでけろ」
馬っこだば 喜んでワラの餌を頬張(ほおば)ったずもな。
その間に、お寺の修行小僧だば、住職さんの元へ駆け込んだ。
「方丈さま方丈さま」
「今 馬小屋さ 修行中という小僧さんが来でいで 馬さ餌を食べさせでいあんす」
「この馬だば 倒れでらんども その小僧さんが介抱して元気にならせで 今 こごさ着いだとのこどであんす」
「なに?」
「倒れでだ馬をが?」
この寺の住職は、生き物を大切にし、生命を尊び「生類憐(しょうるいあわれ)み和尚」と呼ばれていたずもえー。
方丈様は、馬小屋に掛け急いだずもな。
行ってみで驚いだのなんのって!!
「こりゃぁー」
なんと!!その馬だば名馬中の名馬だったのっす。
「おっお前は この馬をどこで手に入れだ」
住職は、小僧の胸ぐらを掴んで問(と)い質(ただ)そうとしだずもな。
「オラ 倒れでだ馬を助けだだけじゃ」
必死になって訴えた。
そこへ騒ぎを聞きつけて寺中(てらじゅう)の者たちが集まって来たのっす。
「あらっ?この方は?」
娘が声を上げた。
続いて爺さんが
「お嬢さま!!あの時の小僧さんでは?」
-なんと-
不思議なめぐり合わせであんした。
小僧っこから蜜柑をもらって、元気になったのは、この住職の娘だったのであんす。
「父上方丈さま!!」
「この前 お話しした道中急なる苦しみから助けてくれたのは…」
「この方なのです」
「うん?」
「なんと申した?」
「この小僧なのか?」
住職は手を離すと、
「お前は 心優しい修行僧じゃな!!」
「瀕死の馬ばかりか、ワシの娘の生命をも救ってくれた」
「どうじゃ!!」
「ワシの娘のムコになってこの馬と、この寺にいてくれないか?」
「のう!!どうじゃ!!」
小僧だば、驚くばがりか、娘っ子の笑顔を見るや、すっかり照れてしまったのっす。
そんで、馬小屋さどっと走るや、ワラを頭がら被(かぶ)って呟(つぶや)いたのす。
「オラ!!運がつきすぎだじゃあー」
こうして、小僧っこだば、観音様のお告げのとおり、ワラ一本から、最後はワラを被って、大きなお寺のムコになったそうな。
それからというもの、この小僧だば、「わらしべ小僧」と呼ばれることになったとさ。
めでたしめでたし。
どっとはらい!!
合掌
※参照『まんが日本昔ばなし』「わらしべ長者」講談社
※引用『禅宗大辞典』大修館書店
『道元禅師全集第15巻』講談社