和尚さんのさわやか説法360
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
さあ!!今月号もまた創作 南部昔っこ「びんぼう神と福の神」を物語しよう。第三弾だ。
続きの始まり始まり。
〽長らく男の家っこの天井裏さ住みづいていた「びんぼう神」だば、「福の神」を追い出した後、その古巣の天井裏さ戻ろうとした時だずもな!!
「せっかく降りてきたんだも、台所の神棚さいでけろ」と優しい声を掛けられた御礼に嫁っこの耳元でこう囁(ささや)いだんだと。
「雑巾を 当(あ)て字(じ)で書けば 蔵(くら)と金(かね)、あちら拭(ふ)く拭(ふ)く、こちら拭(ふ)く拭(ふ)く」とな……。
さあ 嫁っこだば、びんぼう神が囁いだ通りに 家中、台所のカマドから廊下に、寝床にトイレまで、それに押入れも棚も あらゆる所をくまなぐ拭いでは磨いだず。
それも毎日、朝から晩(ばげ)まで あちこち拭ぐ、拭ぐだ。
そればりでねェ!!鍬だの鎌だの、ありとあらゆる道具までもだ。
それで、田んぼだの畑ば耕すもんだから、米も野菜も ピカピカと照り輝ぐよった作物が出来始(できはじ)めで来(き)たんだずもな。
「あそこの米だの野菜だば、他と違(ちが)って 光ってきれいだし、それになんたって旨(うま)い!!」
男ど嫁っこの作った米だの野菜だば、飛ぶように売れ始めだんだずもな。
-そんだんだよ-
やがて、男の家っこさ蔵が立ぢ、銭(ぜね)っこがたまり始めだずもな。
「あちら拭く拭く。こちら拭く拭く」が、「あちら福々。こちら福々」となったんだよ。
びんぼう神が予言した通り、「雑巾(ぞうきん)」が「蔵金(ぞうきん)」に化(ば)けだずもな。
その姿ば、びんぼう神だば、神棚から 嬉しそうにじいっと見守っていだのさ。
-すたんども-
男ば見でいで こう呟(つぶや)いだずもな。
「さあ これが いづまで続ぐんだが?」とな……。
男だば、きれいなめんごいめんごい 嫁っこがいっづも側(そば)さいで、それに きれいに磨かれだ家っこさ住み、そして、きれいに育った米や野菜だのが飛ぶように きれいさっぱりど売れる。
男は、幸せの絶頂期の中さいだずもェ。
あの びんぼう神が天井裏さ住みづいで寝でばりいだ時のことば、すっかり忘れでしまっでいだずもな。
「お~い!!今晩も飲みにいがねェがあ~」
「行ぐべェ。行ぐべェ。」
小銭っこが たまるようにしたがって、いろった昔の友達だの、知り合いっていう輩(やから)が訪ねでくるようになったんだど。
以前は見向きもしなかった連中が にっこり笑って すり寄って来るようになったずもな。
最初は断っていだが、1回、夜の街さ出掛けだ時がら 変わり始めでしまったのさ。
-ある日のごどだ-
男だば、村の連中と酒盛りしでいだ時のことだ。
「オイオイ。お前の嫁っこだば、まんずまんず 白い肌っこで きれいな女子(おなご)だなぁ~」
「そんだそんだ。透き通るよった別嬪(べっぴん)さんだ」
「それが こともあろうが、娘っ子の方がら押し掛けて来で 私をお嫁さんにして下さいだと!!」
「こんにゃろう!!」
「うらやましいこった」
男は、そう言われると満更(まんざら)でもなく、
「えっへェへェ」と頭を掻(か)いて照れだずもな。
「すたんどもよ。」
「お前(めえ)の嫁っこだば、毎年春がくる度(たんび)に きれいになっていぐよった気がするんだじゃ」
「そういえば そんだな」他の仲間も頷(うなず)いだ。
「何か秘密のお化粧をしているんじゃないですか」と 隣のホステス村娘が男の肩を小突いた。
男は、その言葉を聞いて「ハッ」とした。思い当(あた)る節(ふし)があったからだ。
「そういえば 毎年春になり、暖かくなってきた頃、一晩、納屋に入って出てこない日があったよな」
「それも、その時は、いつも決して納屋に入ってきてはいけません」
「近づいてもダメですよと、厳しい口調で念を押されたよな。」
「オレは、さほど気に止めてなかったけど、確かに、毎年、その日を境に、何だか綺麗になっていたような気がする」
「ふ~ん?」
男は、周りの喧騒とは逆に、押し黙ってしまったずもな。
今年も春になり、3月の暖かい日の夜だった。
嫁っこが男に いつもと違って、厳しい顔になり、こうへったず。
「今日、納屋に一晩入ります」
「私が出てくるまで決して 納屋には来ないように!!」
「近づいてもいけませんよ」
「どうか、よろしくお願いしますね!!」
男は、軽く頷(うなず)いたず。
夜が更(ふ)け、嫁っこが納屋に入るど、この前のホステス娘がへっていだごどが急に甦(よみがえ)ってきたんだよ。
「何か秘密のお化粧をしているのでは?」
そう思うと 入るな!!と言われても 無性に入りたくなったずもな。
近づくな!!と言われれば近づきたくなるのさ。
音を立てないように抜き足、差し足、忍び足!!
そうっと近づいて戸口の節穴から覗(のぞ)いだずもな。
驚いたのなんのって!!……。たまげたのなんのって!!
声を立てまいと思って近づいたのに 声にならない声が喉の奥からほとばしったずもェ。
「げェっげェげー」
そこには、嫁っこではなく 白い大きな蛇が光を放って身体をくねらせていたからだ。
その白い蛇が戸口に人の気配を感じた瞬間!!
「見たんですね……」
「あれほど 近づいてはならぬと、言ったのに………」
悲しそうな嫁っこの声が男の耳に響いたず。
「ちがうちがう オラ、お前のごど心配で心配で」と、戸に手を掛けるやいなや、その戸がバタンと音を立て倒れた。
-そして-
中から大きな白蛇(しろへび)が飛び出すと共に 天に向かって昇っていくではないか。
「さようなら~」
「私は、とても幸せでしたぁ~」
また、男の耳元に嫁っこの声が響いたずもな。
納屋の中には 蛇の脱け殻だけが残っていた……。
「嗚呼~」男は 振り絞るかのような声を立て、天に昇っていく白蛇の姿を見つめるしかなかったんだと。
男は その時、はっきりと覚(さと)った。
嫁っこになった、あのめんごい娘っ子は、カマドから助けた「白い蛇」だったごどを―。
「お前はあの時の蛇だったのかぁ~?」
-それから-
というもの、嫁っこのいなぐなった家っこはガラ~ンとして、腑抜(ふぬ)けになった男が寝でばかりの昔のまんまさ戻っていだずもな。
ピカピカの家っこだば、汚れ、蔵も崩れ 誰も近寄らなくなったずもエ。
-それを見で-
びんぼう神だば、喜んだのさ
「やっとこれで 住みなれた天井裏さ戻れるな?」ってね。
-ある日-
寂しくて寂しくて 裏の池のほとりに座(ね)まって
「嫁っこ!!」
「オラ お前がいなぐなって 寂しいじゃ」
すると!!
あのなつかしい嫁っこの声が心の中に響いたずもな!!
「元気を出してください」
「私は、あなたをいつまでも見守っていますよ」
「しっかりしてくださいー。あなた……。」
男は声を出して泣いた。
「分かったよぉー」
「嫁っこ!!」
「オラ、頑張るすけ!!」
男は 次の日から生まれ変ったかのように働き出したずもな。
嫁っこと同じように
「あちら拭く拭く。こちら拭く拭く」とやり出したんだよ。
それを 天に昇った嫁っこ蛇神(へびがみ)様は ニッコリ笑って見ていだずもな。
あの「びんぼう神」だば、また嘆(なげ)き呟(つぶや)いだんだど。
「やれやれ せっかく天井裏さ戻れるど思ったのに、しょうがねェ~なぁ~」。
-どっとはらい-
合掌
※参考『日本昔ばなし101』講談社発行