和尚さんのさわやか説法370
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
今月号の「さわやか説法」は、またまた「和尚の緊急入院騒動記」であり、続報第2弾である。
まさに、騒動というより、珍騒動そのものだった。かかりつけ医の「すぐに」と「早く」の掛け声に押され、紹介状片手に、一旦は我が寺に向かった。
-それは-
先生が立ち上がった私の背後から つけ加えた言葉に従ったからだ。
「奥さんも一緒に…」
私は病院に出る前にケータイで奥様に電話した。
「これから 市民病院に行くことになった!!」
「奥さんも一緒に行けと先生からの指示です」
「えっえー!!」
「何だか、大変な病気らしい…」
「えー?」
絶句したのか?
「………………」
返事はなかった。
お寺に着くと、奥様は 絶句した割りにはいたってのんびり…。お茶を飲んでいるのだ。
私は それを見るとかかりつけ医が私に言った同じ言葉を捲(まく)し立てた。
「早く早く」
「すぐに すぐに」と。
私は 午後からの葬式もあり、市民病院でさっさと診察を終えて戻りたかった。熱はあるが、毎度のことで、「何とかなるさ」だ。
市民病院に到着するや、入口の「初診受付」にて かかりつけ医からの連絡が入っているのでは、と託された紹介状と診察データを渡す。
担当事務員の対処は早かった。2、3分もしないうちに呼ばれた。
「連絡は来ています」
「高山さん、⑦番外来・消化器内科に行って下さい。」
「そして このファイルを渡して下さい」
-そしてまた-
⑦番外来・消化器内科の対応も素早かった。
市民病院には何度も受診しているので体験済みだが、ともかく待つのである。
-ところがだ-
かかりつけ医からの連絡が功を奏したのか!!
待合室の椅子に座って待つこと数分で呼ばれた。
これには、ビックリし、「えっ?」と隣の奥様の顔を見た。
ドアをノックし、入ると、若きドクターがPC(パソコン)画面を見つめながら、「肝膿瘍(かんのうよう)ですね。肝臓に膿(うみ)が溜(たま)っています」
その画面は、紹介状と共に持参したデータであろうか?
「高山さん!!」
「これからすぐに点滴し、それと共に採血。そして血液検査をします」
「それから、夕方ぐらいになると思いますが造影剤を入れてのCT検査をして精(くわ)しく診(み)ます」
「えっ?」
「点滴?」
「造影剤?」
私は、市民病院の診察を受けたら、すぐ帰れるものと思っていた。
「それで、どのぐらいの時間がかかりますかぁ~?」
恐る恐る尋ねた。
「そうですねェ~」
「1ヶ月から1ヶ月半ぐらいは……」
「はぁ~?」
私は、素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げてドクターの顔を見るや、一緒に診察室に呼ばれた後(うしろ)の奥様の顔も見た。
奥様も目を丸くしていた。
私は、30分か、せめて1時間ぐらいのものと想定していたのだ。
ドクターは 続け様に 私と奥様に話をした。
「このまま入院ですので、中央処置室で点滴し、そのままCT検査後 病室に入ります」
私は、ドクターが最初に言った
「すぐに点滴します」の後に言おうとした言葉を「グッ」と吞み込んだ。
-それは-
「あのぉ~!!午後から葬式があるのですが」
だった。
心の中で 私は叫んでいた。
「てってっ大変(てぇへん)だぁ~」
「まさか?」
「入院とは?」
中央処置室での点滴前に、私は担当の看護師さんにお願いをした。
「先にトイレに行きたいのですけど」
「はい!!どうぞ」
トイレに入るや、私はケータイを取り出し、午前中に檀家さんのお勤めを依頼していた住職さんに電話した。
「実は、たった今緊急入院することに……」
「げぇっ」と息を呑み込む声が耳に響いた。
「それで、午後からのお葬式も 何とか頼みます」
「喪主さんには 入院することになったのでくれぐれも よろしくとお伝え下さい……」
「わっわっ分かりました……」
「お大事に……」
かすかな励ましの声が聞こえた。
トイレから戻ると、早速にも点滴が開始された。
やけに寒い!!それもそのはずだ!!前夜40度の大台を突破した高熱だったのに、私はすっかり忘れていたのだ。
ベットに横たわっていると、その自覚症状が戻ってきたのであろう。ブザーを押した。
「すみません!!寒いです」「寒い寒い」
「毛布を もっと掛けてくれませんか?」
看護師さんは、寒いの連呼に呼応したのか2枚も、どっと掛けてくれた。
私は その毛布にくるまりながら かかりつけ医が 私の背後から つけ加えた言葉を反復し、その意味が やっと理解できた。
「奥様も一緒に……」
「タクシーで行くように……」をだ。
私が点滴中 奥様は入院の為の説明を受けたり、その手続きに追われていたという。
かかりつけ医は、行ったら帰れないことを想定していたのであろう。だから「タクシーで………」だったのだ。
それを高熱に侵された間抜け和尚は、ただ聞き流していた。
トッホッホッホ💧💧💧
ベットに横たわった私は、点滴されたことによって、安心したのか?はたまた熱が下ってきたのか?いつの間にか寝入っていた。
どのぐらいの時間が経過していたであろうか……。
看護師さんが来て、これからCT検査だという。
車椅子を用意していた。私は初めて車椅子に乗った。今まで、介助することはあってもその体験は無かった。
点滴を支柱に立てながら後ろから押してもらって走るのは なかなか快適であった。
その造影剤注入CT検査の後、病室まで、やはり看護師さんから押してもらって連れていかれた。
時刻は夕刻18時を過ぎていた。市民病院のロビーや廊下は あれだけいた患者さん達はいなく 消灯され、静寂の闇だ。
その上、真冬の夕刻だ。外は、尚更、真っ暗闇であった。
不安一杯で 車椅子は、私がこれからお世話になる病室へ疾走する。
本当は、優しい看護師さんは ゆっくり押していたのであろうが……。
私には、未知の世界へ、闇の世界へ疾走するかのように感じていたのだ。
お釈迦様が説かれた『法句経』の一節に
こころ
安住することなく
正しき真理(まこと)を知らず
信ずること
定まざれば
かかる人に
智慧(ちえ)は満(み)つることなし (38)
私は、このお釈迦様の教えを 自分自身に超訳して当てはめてみた。
こころ
安住することなく
正しき病気を知らず
(ドクターを)
信ずること
定まらざれば
かかる人に
病は癒(い)えることなし
-そうなのだ-
まさに お釈迦様は逆説的に アホな間抜けな和尚を戒め、鉄槌を下したのだ。
私は 市民病院のこの病室で、心を安住させ、正しき病気を知りドクターを信じる心を定めることによって 病は癒えることになるであろう……と。
-その日から-
ドクターの適正な治療と病棟看護師さん方の献身的なケアによって 病室は私の安らぎの住居(すまい)となり、ベットは安眠の揺籃(ゆりかご)となった。
ところがである。
12月8日、23時15分!!
その揺籃は、揺れに揺れ、点滴の注射針が刺さったままの腕で私は、ベットにしがみついた。
よりによって、入院した その日の深夜のことだった。
青森県東方沖地震!!
この続編は、来月号のパートⅢにて……。
合掌
参考/『法句経』友松圓諦訳 講談社学術文庫




