和尚さんのさわやか説法295
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 のっけからノロケますが…。(すみません)
 私の奥様の作る朝の味噌汁は実に美味しい。何たって出汁(だし)の取り方が上手なのである。
 但し、お味噌は適当に自分量で入れるものだから、その日によって味の濃淡があり、また変化があるものだから私は…。
 「ウーン!!今日は、こういう味なのか!!」と自分の舌を無理やり納得させる💧💧💧(涙)
 特に奥様の絶妙な出汁は、私の寺での春と秋のお彼岸御中日に檀家の皆様へ法要の後、おふるまいをする「よせ豆腐」である。
 これは、まことに美味しい。私はいろいろな所で「よせ豆腐」を食べる機会に出会うが、奥様の作る「よせ豆腐」以上のものを食べたことがない。
 それぐらい旨い。檀家の皆様にも大好評で、またたく間に無くなってしまう。
(どうぞ、読者の皆様も、来年の春のお彼岸に来て、食べてみてくださいませ)

—どんな—
 出汁の取り方をするのだろうか。どんな秘訣があるのだろうか?
 聞くとどうも、それは秘密だそうだ。
—てなことで—
 先月、出張先に向う新幹線の中で、とある新聞を読んでいたら、岩手県は大船渡に伝わる民話が掲載されていた。
 読んでいるうちに、これが、奥様の秘密の出汁の原点なのかも?と笑い転げてしまった。

 それは『魚女房』という題名だった。
 むか〜し むかし。ある浜に正直者の若者がいたそうな。
 その若者は漁師であり、毎日海に出ては魚を捕っていたが、心優しく、小さな魚や、必要以上に捕りすぎた魚は海に逃がしていた。
 ある日のこと、浜での漁を終えて家に帰ると、一人の見目麗(みめうるわ)しい娘が戸口のところに立っているではないか。
 若者はびっくりした。
「なんと、きれいな娘っ子じゃのー」
「どうして、こんなむさくるしいところにいるのじゃな?」
「はい。実は、あなた様の来るのをお待ちしておりました」
「えっえー!!」
「この俺を待っていたというのかい?」
 すると、何ということか。その娘の言った言葉に、おったまげたなんのって…。
 びっくり仰天どころか、仰天ひっくり返ってしまった。
「実は、あなた様のお嫁さんになりたくて」
 恥らいながら顔を赤らめて、すがってきた。
 若き漁師は、そのすがる手を振りほどきながら
「いやいや、私は貧乏な漁師で、とても貴女のような娘を嫁にもらうわけにはいきません」
「いえいえ、私は心優しいあなた様のお嫁になりたいのです」と、何度も繰り返すのであった。

 私は、ここまで読んでいて「なんとまぁー。うらやましいこった」と溜息が出てしまった。
…和尚の本音です…

 とうとう、若者は何度も言う娘に根負けしてしまって、その見目麗しき娘を女房にした。
 娘女房は働き者で、貧乏なことなど気にもせず朝から晩までよく働き、若者を助けるのである。
 若者は、毎日が楽しくて楽しくて漁に出ても家で待ってる女房のことが気になって仕事が手につかない。
—そこで—
 その女房の「絵姿」を舟の帆に掛けたならば…。過日、東京や八戸で上演された『絵姿女房』になってしまう。
—違いますよ!!—
 絵姿女房じゃなくて『魚女房』だよ…。

 若者が元気で楽しく働き、海に出て漁ができるのも、実は朝餉での味噌汁だったのだ。
 それはそれは ことの他、美味しく絶品なる味だった。
 貧しい食卓ではあったが、その味噌汁の旨いのなんのって…。
 味噌汁さえあれば御飯が進むのだ。
 ある日、漁師は尋ねたくなった。
「どうやって、こんな美味い味噌汁を作るんだい?」
 娘女房は笑うばかりで一切答えない。
 「それは…。ヒミツ」ってね。
 私の奥様と同じです…。

—実は—
 その女房は、お嫁さんに来てから、夕食が終わると台所の土間の扉をピシャッと閉めては、
「旦那様、私が台所に入っている時は決して扉を開けてはなりませぬ」と固く言うのである。
 台所では、何かしらの音がする。
 それと共に、何かしら、水音の跳ねる音やお湯の沸く音がするのであった。
 毎日がそうであるものだから、若者は「開けるな!!」と言われれば言われる程、気になって仕方がなかった。
—何だか—
「鶴の恩返し」の昔話に似ているような…(笑)
 皆さんも、そう思ってませんでしたか?
—違いますよ—
『魚女房』だよ…。

 ある夜、若者はとうとう我慢ができなくなり、扉をあけるなと言われているもんだから、台所の天井裏に忍び込んだのだ。
「ありゃまあー」
 娘女房は、大鍋に湯を沸かして、そこに入り身をくねらせ、美しい体を洗っていた。
「ひょおー。女房は風呂に入ってたのかしら」

—違いますよ!!—
 それじゃ!!風呂場ののぞき見ですよ…。
 『魚女房』だよ…。

 なんと、その大鍋に入っていたのは「魚」だったのだ。
 次の日の朝、出された味噌汁を若者は食べることができなかった。オズオズとしていると、
「旦那様は見てしまったんですね」
「私が鍋に入っているところを見たんですね」
「あれほど台所に入ってはいけないとお願いしたのに…」
娘女房は涙を流した。
「私は旦那様の見た通り、人間ではありません」
「あなたに逃がしてもらい、助けられた魚なのです」
「あなた様の心優しさに惹かれ、ずうっと一緒にいたかったのに…」
「知られたからには、もう私は、海に戻るしかありません」
 娘女房は家を飛び出し海に向って走った。
 浜辺にたどり着くと追い掛けてきた若者に
「旦那様と一緒にいて幸せだった」
「毎日、美味しい味噌汁だと言って食べてくれた」
「楽しくて楽しくて幸せでした。ありがとうございましたぁー」
 そう言うと娘女房は海に飛び込んだ。
 それと同時に一匹の魚が尾をくねらせて海の彼方へ消えていった。
 漁師は波打ち際に膝まずくと大声で叫んでいた。
「ごめんよぉー」
「俺だって 幸せだったよぉー」
 その悲痛な声を白い波はかき消すかのようにザブンザブンと音を立てていた。
 その波が何か小さな箱を若者の足元に運んできた。
「これは、何だろう」
開けてみると、なんとその手箱には、サンゴや真珠の宝物がいっぱい入っていたのであった。

—どっとはらい—
 これで『魚女房』の物語を終わりまする。

 私は、ここまで読んで、昔の「あの時」を思い出した。
 奥様が入った後の風呂場の浴槽を…。
「なんと、出汁がいっぱい出ていた」時のことを…。
 奥様は魚の化身なのか?
 あれ以来、私は銭湯に行くことにした。決して「家の風呂場」の扉を開けることはなかった。

 私の女房の味噌汁は実に美味い。どのような出汁でもいい。
 私はあの若者漁師のように飲みたくない!!なんて思わない。
 きちんと飲み、いただきまする。
—だから—
 私はずうっと幸せでいられるのだ。
 それこそ、健康元気の源である。
 それが奥様から私に与えている「宝箱」ではなかろうか。

合掌

 ※参考 民話「魚女房」
 ※民話「魚女房」をかなり創作物語にしてしまいました。
  お許し下さい。