和尚さんのさわやか説法281
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 先月号の「さわやか説法」で「身から出た錆」を書き上げた翌日のことだった。
 私は、まさにその諺通りの結果を、身をもって体験した。
 いや!!体験させられたのである。
 原稿が上がると、私は心の中で叫んでいた。
「よぉ〜し!!今日は、これで飲めるぞぉー」
 私は、この「さわやか説法」を脱稿した安堵感と、その苦しみの解放感から無性に喉に渇きを覚えていた。
「それに、今日から奥様は、弘前に帰ったことだし……」
—そう—
 奥様は実家の老母上様の元へ、久しぶりに帰省したのだった。
 私は日頃は、家ではお酒を飲まない。
 大抵の方々は、私を大酒飲みだと思っているらしく、「和尚さんは、家でいつも晩酌するんでしょ?」と聞く。
—しかし—
 私は、会合とか懇親会での酒席においては、そりゃあ!!楽しく一生懸命飲むが、その代わり家にあっては、全然飲まないし、飲む気になれないのである。
 奥様の前では、それこそ「借りてきた猫」の如く、まっことおとなしい。
—だもんで—
 原稿書き上げの解放感と、更に奥様不在の解放感から……。「よっしゃあー!!飲むぞぉー」となるのであった。
 まず、お風呂屋さんに行き、大量の汗を流し、その帰り、コンビニに立ち寄っては、ビールにチューハイ。そして大好きな冷酒と氷を籠に入れ、ついでにタバコも買った。
—それより、どっかに飲みに行ったら?—
 皆さんはそう言うかもしれない。
 ウンニャ!!一人で好きなように、勝手気ままに飲みたいのである。

 次々とプシュっとやっては、グイグイ飲み、流した汗の分、水分を体内にしみ渡らせる。
「プハー」喉が歓喜の音を上げる。その上、酒が入ると普段あまり吸わない煙草も吸いたくなってきた。
「プフー」鼻に紫煙の渦が巻き上がる。
 仕上げは、冷酒に更に冷たい氷をかき回してのコップ酒だ。
 奥様に内緒で飲む酒とタバコは格別であった。
 TVをBS放送に切り換えると、なんと、「なつかしのフォークソング特集」だった。
 その途端、若き青春時代にタイムスリップしての画面に向って「南こうせつ」や「吉田拓郎」らと一緒に歌う一人競演だ。
 いや、はた目から見るとバカな男の「一人狂演」になっていた。

—次の日の朝—
 二日酔い?
ちがいますよ!!
いたって元気!!すっきり、爽やかでしたよ。
 ところが、お昼頃から、なんとなく倦怠感に襲われてきた。
 熱を計ると38度を超えていた。
「ありゃぁー。風邪でも引いたかなぁ?」
「まぁー。少し休んでりゃ。そのうち直るさ」
 でも、あにはからんや熱は上昇の一途をたどっていった。
 夕方の5時、熱は40度手前の39.8度になっていた。
 熱ばかりか、身体がきしむように痛くなってきた。
「こりゃあー。病院に行かなくては…」
 到着するや、病状を訴え、せつなそうに、待合室で座っていると、看護師さんが、救急用ベットに案内して休ませてくれた。
—その後—
 いろいろな検査をし、肺炎かも?の病状で点滴治療となった。
 私は、その点滴が一滴一滴落ちるのを見ながら、つくづく、こう思った。
「これが、本当の『身から出た錆』だよなぁ」トホッホッホ。💧💧💧

 冷えた酒をガブガブ飲み、タバコをプカプカ吸いまくり、おまけに「一人狂演」たる「錆」を自らが作っていたのだ。
 その時、私は「さわやか説法」で書いていた『法句経』の一節が、思わず口をついて出た。

   不浄(けがれ)ある行者(ひと)は
   おのれの
   業(わざ)により
   悪処(あしき)にみちびかれん

 まさに「自らが悪い原因をつくって 悪い結果をまねいた」のであり、悪処(あしき)病いの床で、悪しき熱にうなされていた。
 点滴後、先生からの「後は、自宅で静養しなさい」の指示に従い、またお寺の布団にもぐったはいいが、熱は一向に下がらない。
—うなされながら—
 私は高熱の中で夢を見ることになる。

 悪夢なのであろうか。
 それは、「回転寿し」の夢だった。
 寿しがグルグルと回転し、その「寿し」からは、みんなある物がはみ出ていたのだ。
 それは、なんと「ワサビ」だったのだ。
 私は、その光景に悶え苦しみ叫んでいた。
「身から出た ワ サ ビ じゃあー💧💧💧 」
((注)今、回転寿し屋さんではワサビは入っていません)
—それと同時に—
 あろうことか、「豊臣秀吉」と茶道を大成させた「千利休」が登場してきて、利休が秀吉に言っているのである。
「これが茶道の……」
「身から出たワビ、サビなのです」
「身から出たワビ、サビ」!!
「身から出たワビ、サビ」!!
このフレーズが耳元で何度もガンガン響き、秀吉と利休が消えては出て、出ては消えるのである。
 もう。ヒッチャカ、メッチャカ!!
 その上、何の脈絡もない「寿し」と「茶碗」が、そして「ワサビ」と、「ワビ、サビ」が夢の中でグルグルと回転しているのであった。

—そう—
 私は「無明(むみょう)」の闇の中で悶えていた。
 それは夜の明けることの無い「無明の夢」だった。
 お釈迦様は『法句経』の中で、こうも説かれている。

   これらのけがれより
   さらに多きけがれあり
   無明(まよい)こそは
   最大のけがれなり
   比丘等(びくら)よ
   このけがれをすてて
   無垢(むく)の人となるべし

 これは「身から出た錆」の語源となる「法句経240」節の

   錆は
   鉄より生ずれど
   その鉄を
   きずつくるがごとく
   不浄(けがれ)ある行者(ひと)は
   おのれの
   業(わざ)により
   悪処(あしき)にみちびかれん

の後に出てくる「243」節なのである。
 つまり、「不浄(けがれ)」とは、「無明(まよい)」こそであるという。
 私は、奥様のいないことを幸(さいわ)いとして、明け方まで「無明(まよい)の酒」をガブ飲みし、結果として「無明(まよい)の夢」に沈潜させられた。
 お釈迦様は、比丘(びく)である私、高山和尚が腹立たしかったにちがいない。
—そして—
 こう言いたかったのであろう。
「無垢の人となるべし」と…。

 私は、今回の高熱と前晩の悪業(あくぎょう)を通して、なんと錆の多い、垢の多い比丘(和尚)であったことを、まざまざと実感した。
 まさに「身から出たワサビ」のほどの辛(から)さを味わったのである。
 3日間の闘病を経てようよう熱が元に戻った日に奥様が帰ってきた。
 私は、これまでのいきさつを話し、私の「身から出た錆」を心から詫びた。
—これが本当の—
「身から出た錆」ならぬ「身から出た詫び」であった。
 トッホッホ💧💧💧(涙)

 その瞬間、私は気づくことがあった。
 それは、「悪い自分の行為は自ら悪い結果を招く」との「身から出た錆」たる諺の本質的な意味は、だからこそ、「無垢の人となれ」という教えではないかと……。な

合掌