和尚さんのさわやか説法209
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 穆山様こと、金英和尚は、若干23才で、花のお江戸は牛込にある瑞祥山鳳林寺第15代の住職となり、27才にて晋山式の盛儀を迎えた。
 この晋山式を迎えるにあたり、金英和尚は鳳林寺の伽藍改修に尽力し、かつ檀家衆や地域住民の皆なからは信望を集め、こよなく親しまれていた。
 先月号では、熊五郎と八五郎がレポーターとなりながら、大好きな金英和尚さんの晋山式を実況中継したのであった。
「本日は晴天なり 本日は晴天なり…。マイクの感度も良好なり」
「何でェ何でェ。熊公よ!!スリコギなんか握りしめて、なにが感度良好なんだよ」
「てやんでぃ!! こちとら江戸の時代はマイクなんて、あるわけねェーんだから、スリコギ持って、実況中継するっていうことだい。」「分かったかぁ!!このスットコドッコイ!!八五郎さんよぉ!!」
「おいゝ、お前さん方よ。ごちゃごちゃ言ってないでちゃんと実況中継しろよ!!」
本堂に集まった檀家衆は熊五郎と八五郎をたしなめた。
「そうでしたね。こりゃぁ!!失礼いたしましたぁ〜。」
「金英和尚さんは、山門から、このお寺に入るにあたり、朗々と天にも響かんばかりの声で『山門法語(さんもんほうご)』を述べられ、その後、本堂の中央に於いては『仏殿法語(ぶつでんほうご)』と言いまして、御本尊お釈迦様に対して、新住職としての宣言をなされたのであります」
「そして、本堂中央から右前方に進まれ、お寺の守り神である伽藍神(がらんじん)の『大権修理菩薩(だいげんしゅりぼさつ)』様の前で言葉を述べ、そのあと左側に進まれて禅宗の始祖、仏法守護の『達磨大師(だるまだいし)』に礼拝し、法語を述べられるのでした。」
「それから最後に、この鳳林寺様を開かれた御開山様、並びに今までの歴代の住職様方に御挨拶の三拝と法語を述べられたのであります」
「いよぉー。名調子だね。熊さんよ、なかなか上手いよぉー」
「さて、皆様!! ただ今、新住職の金英さんは、晋山式を終えられ一旦、住職の居間であります『方丈(ほうじょう)の間』に帰えられます。」
「熊さんよぉー。この方丈の間って言うのはどういう意味なんかね?、よく住職さんのことを『方丈さん方丈さん』って呼ぶんだけど?」
「じゃぁ!!皆様にも教えて上げましょうかね。方丈とは、一丈四方のことで、その寺の住職が居住する部屋を言うのでありまして、そこから住職さんを『方丈さん』と呼んでの敬称なのであります」
「これには逸話がありましてな。えっへん!!」
「もったいぶらないで早く教えてよぉー熊さんよぉー」
「これは、お釈迦様の時代、維摩(ゆいま)という大乗菩薩の行法を修した長者の居住するお城の一部屋が一丈四方であり、そこに3万2千人の人が入ったというのであります」
「そんな狭い部屋に、よくも入ったもんだねぇー」
「それは例えでありまして、それだけ数多くの人達が訪れた部屋ということでありましょう」
「そういうことから、住職さんの所へ皆が訪れる部屋を方丈といい転じて、住職さん自身の敬称として『方丈さん』と呼ぶのであります」
「へェー。熊さんよぉ博識だねェー」
「でもよ。俺はさ、博識は博識でも、薄い方の『薄識(はくしき)』よ!!」
「あの金英さんこそ、本当の博識、善知識というのさ」
「熊公よ、ダジャレをしゃべりながらでも、ちゃんと金英さんのこと見てるねェー」
「当り前だよ、なんだって俺達檀家皆なの和尚さんだよ。」
「これから金英方丈様って呼ばなきゃなんないの!!」
「檀家の皆さんも分かりましたねェー」
「はいよ!!熊さんに八っつあんよ。ちゃんと金英方丈様って言うからさぁ」
 本堂に入ってる檀家衆は喜んで口をそろえて言った。
—そして—
 金英和尚は方丈の間から歩みを進めると、身を引きしめ法堂(はっとう)(本堂)の須弥壇上(しゅみだんじょう)に登り大問答を開始する「晋山開堂」に臨むべく、ブルブルっと武者震いが襲ってきた。
 天の雷が響くが如くの大太鼓が鳴り渡ると本堂の檀家衆は固唾を飲んで、その瞬間を待ち望んでいた。
「いよいよ、金英方丈様、新命和尚(しんめいおしょう)様が須弥壇の上に登り、説法する晋山開堂(しんざんかいどう)、晋山上堂(しんざんじょうどう)が、これから行われるのであります」
 熊五郎はスリコギマイクを固く握りしめ、実況中継をする。
「熊さんよぉー。何で金英さんは、須弥壇の上に登るんだい?」
「須弥壇には、御本尊のお釈迦様が、まつられているところだよ!!」
「はい、八公の言う通りでござんす。でも、皆様、お釈迦様のおられる御真前は幕で閉じられているでしょっ」
「あっ!!本当だ!!幕がかかっているし、それに須弥壇の上は、蓮華の花とか飾られていたものが全部片付けられていて、何もなく広くなってるよ」
「はい!!八公が見ての如くでして、これは、金英和尚様が、お釈迦様に代わって説法をするということで、その須弥壇の上に立ち、私達に向かうからであり、お釈迦様を隠して、その前で説法をするということなのです」
「なるほど、そういうことですかい。」
 金英和尚は、その登った須弥壇上に立ち、香を拈(ねん)ずると、それを炉に?(た)き、大きく息を吸い込み、第一声を発した。
「ただ今、金英和尚様は『祝祷法語(しゅくとうほうご)』というものを述べられました。これは、お釈迦様、あるいは道元様、瑩山様の両祖様に供養して、その慈恩を冀(こいねが)い、その功徳を以て、国家の安泰と万民の幸福を祈願する為のものであります」
「そっかぁー。新しい住職が来られて堂を開く晋山開堂っていうのは、国家や地域、そして万民の幸せを願って、この殿堂、つまりお寺を開くことなんだな」
 八五郎や檀家衆は一様に頷きながら、凛とした金英和尚の声に聴き入った。
 そしてまた、金英和尚は香を拈ずると、御開山様や歴住の大和尚様に対して感謝の『報恩香』を焚き、次に壇信徒の御先祖様を供養し、その功徳によって各家の家門興隆と子孫の長久を祈願する『供養香』を焚かれるのであった。
「金英和尚様は、こうして香を焚きながら、大問答、大説法の前に自分の懐中(ふところ)から秘蔵していた御香を取り出して、今、それを香炉にくべられました。」
「これは、自分のお師匠様に対して、本日のこの晋山の祝儀を上げる喜びと感謝の心を以って、その御恩に報いるものであります。」
 熊五郎も八五郎も実況中継しながら、この晋山開堂の意味と、金英和尚の厳しくも若さあふれる姿に感激し、胸をつまらせていた。
「晋山開堂っていうのは素晴しいです。金英和尚さんも素晴しいです。そして立派です。」
「さあー。これから、多くの修行僧や大和尚様達から問答をいどまれる大説法が始まります。それは来月号にて実況中継いたすことと致しましょう。」

合掌