和尚さんのさわやか説法201
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
お盆である。読者の皆さんは、それぞれに菩提寺に、あるいはお墓にと、お盆の御馳走やお花を持って、お参りなさるでしょう。
お墓では迎火を焚き、本堂ではお線香を上げる。
もう、お寺は内も外も煙の中と化す。
その本堂の中では、お盆ならではの飾り付けがなされる。
そう!!それは、精霊をまつる施食壇が設けられ、御供物がそなえられるのであった。
私の寺、常現寺ではお盆の期間中にだけ「地獄極楽」の絵図が掛けられる。
そうすると、お参りに来た家族皆なが、群がるようにして、それを見に来る。
お父さん、お母さんが子供らに、あるいはお祖父さんお祖母さんが孫らを諭し始めるのであった。
「いいか!!ウソついたり、人を騙すと、ほれ!!このように鬼に舌を抜かれるんだよ。だから嘘をついちゃいけないよ!!」とか、
「ホラ!!悪いことをしたりすると、お手てをこのように槌(つち)でつぶされるんだよ!!」と言われると幼い子ども達は、真剣に「うん!!」と頷いて「ウソもつかないし、悪いこともしないよ!!」と父母(ちちはは)に、誓うのであった。
この光景は、お盆ならではのことでもあり、そしてまた、そのように諭す父さん母さんも幼い頃、やはり同じように言われ、同じように育ってきた親子伝承の姿があった。
まさに、親子間の、あるいは家族間のほほえましい関係であり、お盆の風景なのだ。
—実は—
穆山禅師様の幼少期である万吉少年が和尚さんになろうと決心したきっかけが、この「地獄極楽」の絵図を見たことによるのだ。
—では—
—芝居版「ぼくざん物語」の第一幕パートⅢのはじまりはじまり—
前号200号からの続きである。
第一幕の場所は、穆山様の生家である笹本家の裏にある井戸端である。その当時、通称「うんど屋の井戸」と呼ばれ、近隣の人々が水を求めてやってきた。
なにしろ江戸期の頃だ。現代のように水道が敷設されているわけではない。
そこは、日常生活にかかせない場でもあり、社交場でもあったのだ。
「ここの水は、うめェーなぁ」
若者は井戸から汲み上げるやいなや、水を浴びるが如くに一気に飲み干した。
すると、一緒にいた他の若者も
「ホントに、ここの水だば、うまいし、この水で作ったうんど屋の豆腐もうめェーんだよ なぁ」と頷いた。
「この水や豆腐で育ったこごの息子だば、花のお江戸さ修行しに行って、立派になって 帰ってくるっていう話だな」
「あんだ達、万吉の噂を知ってるのげェ」
野菜を洗っていたばあさんが口をはさんだ。
「もっちさ!!船乗りでも、そごらの若ヶ衆でも皆な知ってるよ」
「すだんども、なしてお坊さんになろうとしたんだベ」
「いや、ワ(私)もそう思うんだじゃ」
「したら、このオラが教せでやる」
「なんだ、バァッちゃだば、その理由(わけ)知ってるのかい」
「当(あだ)り前(めェ)よー。こごら湊村のことだば、何でも覚えでいるよ」
「あれは、確か万吉が九歳(ここのっつ)の時だった。母親のなをさんが実家の菩提寺さ、お参りに行く時、連れで行ったのさ」
「何でぇ?その菩提寺ってのは?」
「そったごとも知らねぇのか、なをさんの実家の御先祖様をまつってるお寺のことで、八戸は十一日町の願栄寺っていうお寺のごどよ」
「ふ〜ん?そのお寺さ行って、何かあったのがぁ?」
「多分、そごの住職様がら、お寺の小僧っ子さでもなれと、しゃべられだんだべ」
「ちがうゝ。そういうごどでねェーんだじゃ」
「9歳(ここのっつ)の童(わらし)の万吉が母親を極楽さ行かせたいって、その思いから坊さんになりたいと決心したらしいのよ」
「まさかぁー!!そったら小(ちい)っさい童(わらし)っ子(こ)が、そんなこと考えるわけねェべェ」
「いやいやこんなことがあったのよ」
その訳知りばあさんは、ここぞというばかりに語り始めた。
「なをさんが、お盆のお参りに行った時、その願栄寺の本堂に地獄極楽の絵図が掛かってたそうだ」
「よくあるべ!!お盆になれば、お寺で掛けるあの絵図のことさ」
「あぁー。あの地獄の鬼や、エンマ大王が睨みをきかしている怖い絵っこだべ」
「そう、その絵図を万吉が母親のなをさんと見た時、こう聞いたそうだ」
そう言うと、訳知りばあさんは、身振り手振りで、万吉の口マネをして
「『母様!!この絵は何でありますか?』『いっぱいの人達が鬼にいじめられて泣いてるよ』って、母のなをさんに聞いたんだと!!」
「そしたら、なをさんはな、『これはね、生きている時、悪いことをした人達が、その罪の報いを受けている姿なんだよ』と諭したそうだ」
「そしたら、万吉は『悪いことや、ウソをつかないようにしなければならないね』と答えたんだな。」
「へェー。たいしたもんだねェー万吉は!!」
「『そうだね。万吉は悪い子でなく、いい子に育つんだよ!!』と、更に母親に諭されると、『うん!!分かりました』と答えたのさ、そんで次に『母様、この上の方は何でありますか』と、尋ねたんだよ!!」
「上の方?そっかぁ!!極楽のことだな」
若者は思わず手を叩いた。
「そう!!その極楽のことを、なをさんは万吉に説明したのよ!!」
「したらよ、万吉だば母親にこう聞いたそうだ。『では、母様は一体どちらへ行かれるのですか?』ってな!!」
「するとな!!なをさんは、ニコッと笑いながら『多分、下の地獄の方に行くと思うよ』と答えたのさ」
「へェー。あの気丈で働きもんで、愛想のいい人が地獄さ行くってかぁ」
「まさか、極楽に決まってるべよ」
「そこが、なをさんらしいのよ。」
「なをさんは万吉さ、こう言ったんだ。『私はね、怒ったり、愚痴を言ったり、あるいは知らず知らずのうちに人を傷つけたり、ウソを言う時もあるよ。だから地獄に行くと思いますよ』ってな」
「そしたら万吉は、びっくりして、こんなに優しい母親を地獄なんかにやりたくないと思って、『どうすれば母様を極楽に行かせることが出来ますか』と聞いたんだとよ」
「へェー。万吉は、そったらこど言ったのすか?」
「たいしたもんだねェ」
「いやいや母親も素晴しいのよ。その万吉の言葉を聞いて、こう言ったのさ」
「何て、しゃべったのよ!!早く早く教えろじゃ」
「なをさんはね、『一子(いっし) 出家(しゅっけ)すれば九族(きゅうぞく)、天(てん)に生(しょう)ずといって昔から、一人のお坊様が、その家から出ると、皆なが天上界極楽に生まれ変わることが出来るというんだよ。』と万吉に言ったのさ。」
「それから、母親思いの万吉だば、和尚さんになることを考え始めたというのよ」
「はぁー。すごいねェ。万吉も万吉だが、母親のなをさんも、なをさんだ」
若者は、訳知りばあさんの物語を聞いて、やけに胸が熱くなり、やおら井戸の水を汲むとがぶっと一飲みし、ジャブジャブと顔を洗い目をこすった。
—読者の皆さん—
第一幕は、これにて、次号から第二幕、いよいよ穆山様が登場し、江戸を出発しての旅道中物語が始まります。
乞う御期待を。
合掌