和尚さんのさわやか説法335
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延
「では、10番と書いてある駐車スペースに、車を入れて下さい」
「そして、入れ終ったなら、また電話を掛けて下さい」
「いいですね!!」
と、念を押され、私は即座に「はい!!」と応えていた。
-そう-
これは、コロナ陽性者となり、自宅療養ではなく、隔離療養を希望したことにより、保健所から教えられた施設に電話をした時のことである。
先月号の「さわやか説法」において、私は「抗原検査」での陽性反応から始まった「騒動記」の1幕を語ってみた。
今月号は、その2幕、「隔離施設体験記」である。
隔離施設といってもそこは、病院とか療養施設ではなく、歴然とした全国チェーンの有名なホテルだ。
私は、「へェー」と驚きながらも
「あのホテルに10日間も泊まれるのかぁ~」と、コロナに侵された胸が妙にワクワクするのだった。
「そっかぁー。じゃ、いろんな物を持っていこうっと…」
大型旅行ケースに私は10日分の下着の他に、読みたい本やら、映画DVDに、スナック菓子やら果物に缶詰とかも、ぶち込み、あまつさえ風呂道具セットまで持って行こうとした。
-ホントに、アホな和尚です💧💧💧-
その時、奥様は手伝うどころか、どこにもいなく、気配すら感じなかった。
ともあれ、時間厳守は絶対条件でもあり、慌しく出発した。
-着いてみると-
なるほど、満杯の駐車場に「10」と書かれた番号のスペースだけが空いていた。
「げぇっ」
「感染隔離者は、こんなに入っているのかぁ~」と驚きながらも駐車し、すぐに教えられた番号へ電話した。
「それでは、ホテルの正面より入って下さい」
「但し、入ったら戻ることは出来ませんので、全ての荷物を持って来て下さい」
私は、旅行カバンにスーツケース、風呂道具を両手でガラガラ引きずり、ホテルの入口の前に立った。
-自動ドアが開いた-
その瞬間、私は息を飲んだ。マスクの下に隠れた口は、アングリ開いたままだった。
「どへぇ~!!」
「これはぁ~」
そこは、ホテルのフロントの様相ではなかったのだ。
ロビー全体が白布で被覆され、その上に透明なビニールシートで遮断してある。
勿論、ホテルマンなんているわけがない。
私の、あのワクワクした期待感は、一瞬にして吹っ飛び瓦解崩壊していた。
その白布の陰から声がした。
「高山さんですか?」
「確認します」
「名前、生年月日をお話し下さい」
その陰からブルーの防護服を着用した看護師さんの姿が見えた。
でも、声と手だけで隔離施設入所の手続きと心構えを指示される。
全身は現わさないのだ。
「そりゃ、そうだろ」
何たって、こちとらはウイルス感染者である。
「そこにルームキーが置いてありますから、荷物を持って部屋に行くように」
「部屋に入ると、机の上に『利用者のしおり』が置いてあるので、それを、よく読んで下さい。」
部屋は、506号室だ。
そこは、まさにホテルのシングルルームであり、普通の当り前の光景だった。
-でも-
何かが違う!!
旅行とか出張で泊る時の同じようなビジネスホテルなのに、何かしら無機質というか、乾燥しているというか、それこそ隔離部屋であった。私はベッドの上に、へたり込んでしまっていた。
「ここさ 10日間もいるのかぁ~💧💧💧」
机の上には、「利用者のしおり」が6ページに渡って、療養中の注意事項。それに、健康状況の報告として、「健康管理票」への記入や、体調変化や症状変化の時の対応。
そして最後に「1日の流れ」。タイムスケジュールが記載されていた。
一通り読み通して、机の上に置かれてあった体温計で、早速、熱を測り、バルスオキシメーター(SPO₂)を指先に差して「酸素飽和度」と脈拍を確かめてみた。
熱は37.6度、SPO₂は96、脈拍は67であった。
熱は分かるが、酸素飽和度96は、どれ程の数値なのか分からない。
でも、私は脈拍67は、いつもより早いと感じていた。
-その時-
卓上の電話が鳴った。担当の看護師さんからだった。現在の体調のことを聞かれ、療養中の体調変化の時のことなど、いろいろと心配してくれるのである。
私自身、コロナ陽性者となり、不安いっぱいであったが、看護師さんの一言一言に、何か救われるような安堵感が広がっていた。
「やっぱり、ここさ来て、良かったなぁ~」と。
受話器を置いて、ケータイを見ると、点滅している。
開けてみると、メール着信があった。
奥様からだった。
「俺のこと、心配しているのかな?」
そう思って開くと、なんと、そこにはこう書いてあった。
「私、今、弘前に着きました。和尚さん しっかり頑張って早く 良くなってね!!」
「はぁ~?」
「弘前?」
弘前は、奥様の実家なのだ。
-皆さんは-
さては奥様に逃げられたなと思ったでしょ!!
「♬逃げたぁ~女房に未練はないがぁ~♬」
「違いますよ!!未練はありますよ!!」
奥様の実家行きは、母上様の老健ホームの手続きで以前から予定されていた。
それが、たまたま私のコロナ感染と合致しての騒動から、その事を、すっかり忘れていたのだ。
隔離ホテル1日目の夜、熱は上昇し38度を超え、しかも、咳は頻発してきた。
看護師さんに電話すると、持っている解熱剤を服用、あとは黙って耐えなさいと言う。
-もう-
コロナウイルスへの恐怖と、大丈夫だろうか?耐えれるのか?との不安のままベッドに身を縮こませて眠るしかなかった。
お釈迦様は、『法句経』の中で、こう説かれている。
すべてのもの
刀杖(つるぎ)を怖れ
すべてのもの
死をおそる
おのれを
よきためしとなし
ひとを害(そこな)い はた
そこなわしむる
なかれ (129)
この法句の2行目、「刀杖(つるぎ)」を「コロナ」に置き換えてみると、まさに、コロナウイルス感染の「恐怖」を言い当ててるように私は思った。
そして、人に感染させてもならないということも実感させられた。
まさに「おのれを よきためしとして ひとを害い感染せしむることなかれ」なのだ。
-しかし-
実家に帰った奥様は、私が隔離ホテルに入所した3日後に、弘前で発熱し、陽性となった。
私は奥様を害い感染させてしまったのだ。
私達は、片や八戸保健所、片や弘前保健所の、どちらも青森県で借上げた隔離ホテル住まいとなった。
-ホントに、アホな和尚でありまする…-
まさに、私はお釈迦様の教えに反して、よきためしとしなかった和尚なのでありまする。
トッホッホッ💧💧💧
合掌
※『法句経』友松圓諦 講談社学術文庫
※「浪曲子守唄」 一節太郎歌参照