和尚さんのさわやか説法348
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 「高山さん!! よくがんばりましたね!!」
「去年より 4㎏減っていますよ」
 目の前にいる女性はパソコン画面に映し出されたデータをスクロールしながら、私に満面の笑みを見せた。
-私は-
「えっえっえー」と大袈裟に驚いて、その画面を覗き込んだ。

-そう-
 これは、八戸市総合健診センターにおいて保健指導士さんからの健診結果の講評を受けているワンシーンだ。
「去年が74.2㎏で、今回が69.4㎏だから、約4㎏の減量です」
私は、そのデータの←矢印の先を見ながら心の中で……。
「作戦、大成功!!」と叫んでいた。

-実は-
 健診センターに来る前に私は、朝6時から、とある銭湯に入るや、湯舟にどっぷりつかり汗をダラダラと流しては、水風呂に飛び込むことを繰り返していた。
「どうせ 朝ご飯は抜きだし、ひとっ風呂浴びて それから朝8時の受付に間に合えばよし!!」
「それに、体重減らしての一石二鳥健康診断大作戦じゃい!!」
-私は-
 この作戦は、前晩も2時間、銭湯につかり2㎏は減量していた。
 私は、保健指導士さんに、心の中で詫びた。
「なんも、1年間、頑張ったわけではないのです。」
「銭湯で頑張っただけです」と……。

 私は、無類の銭湯大好き和尚である。
 銭湯を愛してやまない「銭湯愛好人間」だ。
 朝と晩の2回は行く。
それも毎日だ。
-朝の銭湯は-
 心身共に「シャキ」っとする活力創起の今日の始まりの「ガンバリックス・タイム」だ。
-夕方の銭湯は-
 心身共に「ユッタリ」とする活力慰労の今日の終りの「リラックス・タイム」なのだ。

 朝の銭湯の湯舟に身体を沈め、つかっていると「お湯の神様」が、熱エネルギーを与えてくれる。
 あるいは、夜は、疲れてむくんでいる私の心と体の老廃物を吸い取ってくれたりもする。
 銭湯の「お湯の神様」「水の神様」は、そうして私の心身共に活力を与え健康を守ってくれているものと、和尚であるからこそ、そう信じている。

-嗚呼-
-それなのに・それなのに-
 先般、こんな事件があった。
 とある銭湯の「湯舟」に、どっぷりつかり、目をつぶりながら夕方のリラックスタイムの温かさに包まれている時だった。
「お客さん!!」と私を呼ぶ声がした。
 目を開くと、そこには、その銭湯の女将さんがいた。
「さっき アクビをしたでしょ!!」と詰問する。
「ハァー?」
「いや、したんだか、しなかったんだか?」
「隣の女風呂の方からクレームが来たんです」
 私は、今度は、
「ハァー」の代わりに
「エー?」と言った。
「お客さんのアクビは気味が悪いって」
「いやぁー。知らず知らずに出たのかなぁー」ととぼけ声で答えると、
-すかさず-
「無意識のうちに出たんですよ!!」
「その声が大きいんです」
「なんで、俺って分かったの?」
「女風呂からここは見えないよ!!」と反論し、そこで切り換えしの一発!!
「それじゃ、そのクレームをつけた女性を、ここに連れて来てよ!!」と言うと、
「そったらこと、出来る訳がないでしょ!!」
「そったらことしたらセクハラですよ」と、女将さんは、そう言うと、続けて こう言った。
「上がったら、必ず番台に寄って下さい」と…。
 その女将さんの剣幕にタジタジとしながらも、心の中で
「これは、セクハラってよりも、風呂場だけにフロハラだな!!」って呟いた。

 私は、そのまま湯舟に入っていたが、今度はちっともリラックスしない。
 そして「お湯の神様」と自問自答していた。
 お湯神様はこう言った。
「他人様に迷惑を掛けるではない」
「ましてや、壁を隔てた向こうの女性の方々にまで 迷惑を掛けるとは何事じゃ!!」
 私は「お湯の神様」に反論した。
「したって、私は何も女風呂めがけて 大きなアクビを出したわけでもありません」
「思わず 出ただけでリラックスしたからなんです」
「特に、この場所は居心地が良くて ゆったりするんですよ」
「だから、リラックスさせた『お湯の神様』の癒し効果のせいなんですよ」
と心の中で叫ぶと、
「スー」と神様は いなくなった。

-風呂から-
上がって、番台に行くと、女将さんが現われた。
「いやぁー 俺のアクビって、クレームが来る程なの?」と聞いた。
 すると、女将さんはこう返答した。
「今回ばっかりじゃないんです」
「何度となくです」
「えっえー!!」
 私は ビックリ驚きながら、「まさかぁ~」と叫んだ。
 すかさず、女将さんは こう畳み掛けてきた。
「和尚さん!!」
この一言に私は、ビビってしまい、ケチョンとなった。
「俺が、和尚さんって分かってたんですか?」
今度は、さっきまでの威勢は、吹っ飛んでしまっていた。
「常現寺の和尚さんでしょ!!」
「和尚さんは 御経で鍛えて、声がいいのでアクビでも、響くんです」
「それに、常連の男性客からも聞き取りをしましたが、和尚さんのアクビやら唸り声は風呂場に響くとも言ってましたよ」
-恐るべし-
 何と裏付け捜査までしているとは……。
 私は、すっかり消沈して完落ちした。
「今度、アクビする時は小さくします」と、トッホッホッホ💧💧💧

 お釈迦様の説かれる『法句経』の一節に

真理(まこと)の水(みず)を
飲(の)むものは
清(きよ)らなる意(おもい)をもて
こころよく眠(ねむ)る
かかる賢者(ひと)は
聖(ひじり)の説(と)ける法(もの)のなかに
つねにこころたのしむ
 (79)

 このお釈迦様のお言葉を凡愚なるアクビ和尚は、こう表現したくなった。

 真理(まこと)のお湯(ゆ)に
 つかるものは
 清(きよ)らなる思(おも)いをもて
 ここちよくひたる
 かかる風呂人(ふろびと)は
 お湯(ゆ)の神(かみ)の溶(と)ける
 湯舟(ゆぶね)の中(なか)に
 常(つね)に こころ楽しむ


 どうであろうか?
 でも、お釈迦様は「私の教え」をこんなに手直ししてと、激怒するにちがいない。
 その時、私はお釈迦様にこう言おう。
「リラックス!!リラックス!!」ってね。
 すると、多分、お釈迦様はニコッと笑い「まぁ!!いいか!!」って許してくれるかな?

-てなことで-
-女将さん-
-あの時、女風呂にいた女性客の方-
 こんな気持で 私は銭湯に入っているんで、どうぞ御理解下さい!!
 湯舟の中に
 常に、こころ楽しんでいると、ついつい大アクビが出てしまうんですよぉ~。
 それだけ、そちらのお風呂はリラックスするし、また八戸市内の銭湯は、どこも皆、「湯舟の中にこころ楽しむ」ことが出来るからなんですよ!!

 ありがとう銭湯!!
 大好きだよ銭湯!!
 愛してやまないよ銭湯!!

合掌   

 参照/『法句経』友松圓諦訳 講談社学術文庫