和尚さんのさわやか説法215
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 新年 明けまして おめでとうございます。
皆様にとりまして この寅年が よき年であり福寿無量なる年であることを祈念しております。
 お正月早々、「お屠蘇」を飲み過ぎ、「大虎」にならないように!!
 「虎の子」のお年玉やお財布をどっかに忘れたりしたら大騒動になり、「虎(トラ)ブル」のもとになりますよ。
 何だか、私自身のことを言っているようです。(ToT)トホッホ。
—さて—
 年初めの「さわやか説法」は、引き続き芝居版「創作ぼくざん物語」であり、そしてそろそろ幕引きの佳境に入ってきた。
 金英和尚の読経の声は戸口に群がっている湊衆の心へ響き、皆は一様に、唸った。
 ある者は涙し、ある者は感激に打ち震え、手を合わせていた。
 その万吉の故郷へ帰るの報は、あるいは万吉こと金英和尚の帰ってきた時のその様子は、またたく間に南部八戸領の人々に知れ渡った。
—そして—
 湊衆はもとより、人々は口を揃えて、こう言った。
 「万吉だば、湊村のお寺の和尚さんになってくれねェべが!!」
 「いやいや 湊でなく八戸のお寺の住職様よ」
 「何たって、江戸の難しい学問所!!ほら何てしゃべったっけ!!」
 「それだば お江戸の旃檀林(せんだんりん)ってどごだべ」
 「そごよ!!そごでば、一番学問したし、皆なの手本となるぐらいの修行僧だと言うことじゃ!!」
 「そっかぁー。そったらに修行したのがぁー」
 「そればかりでねェ!!
  万吉だば、小さい童(わらし)の時から めんこかったべェー」
 「にこーっと笑えば オラんども ニコーっとなるのよ」
 「それだば、昔も今も変わらねェじゃ!!」
 「ますます、あの笑顔と、何でもパッパッと答える頓智だば磨きっこ掛かったよった気がするしさ」
 「ほんだほんだ。金英和尚様だば、押しも押されぬ立派な和尚様だ」
 「きっと、八戸一の和尚様ばかりでなぐ、奥州一のおしょうさまになるごってェー」
 もう、人々は期待するあまりか、万吉親子のことはさて置き、勝手に噂し合っていた。
 まさに「世間の口に戸は立てられぬ」の状況であった。
 そのことは、実は、八戸領内にある寺院住職方もそうだった。
 人々と同じで、万吉こと金英和尚に、この地に留まり、その修行力と江戸で学んできた学問を生かして、いかんなく教化指導をしてもらいたいものだと嘱望した。
 「あの金英和尚が帰ってきてるというではないか!!」
 「今は亡き長流寺16世金龍大和尚様のもとで得度した、あの万吉少年のことですな」
 「金龍大和尚様は、この子は将来きっと、良き和尚になると、いつも側に置かれ可愛がっておられた。」
 「そうですなぁー。金龍様が名久井の法光寺で御遷化なさるとそのお師匠様の思いを受けて、江戸の旃檀林にて学問修行をし 今は牛込の鳳林寺の住職に栄進されたという」
 「それも たった23才にてじゃ」
 「そこに住職してからは 檀家はもとより江戸中の信望を集め、先年 結制(けっせい)の大説法をしたということじゃ」
 「それはそれは大したものじゃのぉー」
 「出来うるならば、湊村や領内の人々が噂し合っているように、この地に留まり 仏の教え、禅の教えを広めてもらいたいものじゃ」
 「きっと よき住職となることじゃろう」
 「そうじゃな、亡くなられた金龍大和尚様も喜ぶにちがいない」
 八戸在住の和尚様方は期待し説得を試みることになった。
—当然のように—
 万吉の耳にも噂はとどき、八戸寺院の声も聞こえてきていた。
 「金英和尚!!貴公も、江戸で学問をして立派に帰国したから これから国に居て寺を持つ方がよかろう!!」と…。
 万吉は、おおいに迷った。
 「確かに一応の学問もしてきたし、修行も積んできた。あるいは江戸にあっては、一ヶ寺の住職ともなり、皆なからも慕われてきた。」
 「それに何よりも、おっ母さんと一緒に居ることができるし、親孝行らしいことも出来るであろう。」
 心は揺れに揺れ動いていた。
—しかし—
 母の心は違っていた。揺るぎない決心があったのだ。
 まわりの人々が噂する度に、また多くの寺院が、我が子にこの地に留まることを説得していることを聞く度に、万吉を愛するが故に、その思いは確固たるものになっていた。
 「万吉だば、このままでは よくない!!(怒)」
 「皆なの説得に負けてしまうし、お人好しだものぉー。その気になってしまうじゃ」
 母は幼き頃、万吉が出家を決意した時の事を思い出しながら…。
 「あれだば 出家してお父っつあん、おっ母さんを極楽さ行かせてやりたい。と言っては何度も オラ達(だち)さ、くってかがってきたぁ」
 「万吉!!あの時の志だば、どうしたのよ。」
 「この地に留まり、親孝行したいってのは、本当の親孝行ではねェーぞぉー」
 「出家した者の親孝行は そったのでねェーんだ!!」
 「オラ、お前は可愛い。側さ居てもらいてェー。したんども、それではわがねェ」
 「もっともっと修行しなければならないんだ」
 「慢心したか万吉!!増長心を起こしたか万吉!!」
 母なをは、豆腐をしぼりながら つぶやいていた。
—その夜のこと—
 万吉は皆なに誉めそやされてきたのか意気揚々と帰宅した。
 「ただ今、帰りあんしたぁー。おっ母さん!!」
 「あれまぁー。万吉!!随分とご機嫌がよさそうで!!」
 有頂天になっているかのような我が子を戒めようとすると、万吉はそれを制して 静かに座り直して、こう言うのであった。
 「おっ母ぁ様!!聞いてもらいたいごとがありあんす。実は今日。ある御寺院様から言われましたのですが、江戸ば引き払って こっちさ戻って来(こ)ねェがって」
 「オラも、八戸さ戻れば おっ母さんの側さ居るごとできるし…」
 「オラ!!おっ母さんが一人で この『うど屋』ば守って、一生懸命働いでるのを見だっきゃ 一日も早く帰って来(こ)ねばど思ったのっす。」
 母は キッと万吉を睨みつけると、
 「何ば言ってのだ!!万吉(怒)」と、幼児(おさなご)をたしなめるが如くに語気を強めた。
 「汝が帰国した志とは如何なるものや!!」
 「汝が幼き時、出家を志したその決心とは如何なるものや!!」
 「汝が江戸の旃檀林にて学問を志し、修行せんとする志とは如何なるものや!!」
 「南部は八戸の住職になれればと慢心を起こしたのか!!」
 なをは矢継ぎ早やに畳み掛けるかのように我が子にせまった。
 万吉は、もうタジタジとするばかりであった。
 そして、何を言わんとし 何を自分に対して想っているのか その「母の愛」はジンジンと心に響いていた。
 この母と子の愛するが故に別れを告げるシーンは 来月号にて。
 乞う ご期待の程を。

合掌