和尚さんのさわやか説法204
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 漢学の師・菊地竹庵は、こう言い切った。
「金英さん!!アンタは『地獄』を見てきたね」
 その言葉を聞いた時、西有穆山こと金英和尚は、自分の幼少の頃のある光景が突如として思い浮かんできた。
「はい!!実は…」
ゴクッと唾を飲み込み、続いてこう言った。
「母と一緒に、地獄を見たのであります。」
「えっえー。母親と一緒に…!!」
 縁側にいた雁金屋の主人は、素頓狂な声を上げて絶句した。
 竹庵先生も、驚いて眼をカッーと見開き、「やはりな!!」と頷いた。
「それで、どんな地獄を見たんだい?」
「はい!!地獄は地獄でも、母と共に見たのは、地獄の絵図でありまする」
 竹庵は「ほう〜」と関心を寄せるが如く腕組みをしたが、雁金屋は、
「なんでェい。地獄の絵図かよ!!」
と、ちょっと小馬鹿にしたように顔をそむけた。
「金英さんよぉ。アンタの地獄を見たとやらは、何か子細がありそうじゃのぉ」
「もっと語ってもらいたいもんだね」
「はい。それは私が9才の時でありましたぁ」
と、遠き日をなつかしむかのように、縁側を通して見える江戸の青い空を仰ぎみた時のことである。
「そっそれだば、オラんどが語りやんす!!」
「万吉の、ちっちゃい時のこどなら、オラだちのほうが、覚えでやんす!!」
「何でぃ何でぃ。お前さん達は!!藪から棒に!!」
「あんれまぁー。あんだらだば」
 思わず南部なまりで金英は腰を抜かした。
「長作堂のダンナ様に、だるま屋のおかみさんに、浪岡お茶屋さんのおばさんでねェがい?」
「万吉!!なづかしのぉー。元気で修行しでらどぉー」
 3人は声をそろえて叫んだ。
「竹庵先生!!この方らは、私の故郷(ふるさと)湊村の人たちでして…」
「何で、あんだら、ここさいるのえー」
「へっへェー。新幹線で来だのよ!!」
 3人は自慢げに万吉に胸を張った。
「まさがぁー。江戸の時代には、新幹線はないの(怒)」
「ちがった。ちがった。新幹線でなぐ、新海線(しんかいせん)だな」
 3人は、また声を合わせて笑いながら叫んだ。
「八戸で採(と)れだ魚だの鮑だの、昆布ば干した海産物を、江戸さ運ぶ船があるってんで、頼みこんで一緒に乗せて来てもらっだんだよ」
「新海線だもの、速がったなぁー」
 −もう!!平成と江戸の時代が錯綜している、ひっちゃかメッチャかの物語になってきました。お許しください。お詫びします(高山)−
「ぢく(竹)庵先生!!万吉の見た地獄絵図の話だば、こういうごとなんです」
「どれどれ。金英さんに聞くよりも、アンタ達に聞くほうが面白そうだね」
「そっかぁー。万吉だば、和尚さんになって金英って名前だもんな」
「しだんども、オラ達(だち)だば、万吉の方が呼びやすいな」
「へェー。金英和尚さんは、小さい頃は万吉って言ったんですかい」
 雁金屋が合いの手を差しはさむと、3人は「ほんだほんだ。」と首を縦に振った。
「あれは万吉が九(ここの)つの時、母方の実家の菩提寺である願栄寺(がんえいじ)さんに母親に連れられてお参りに行ったのでやんす。」
「そしたら、本堂の脇間の所に、地獄極楽の絵図が掛けられていでなす。」
「それを、この万吉だば、恐る恐るながらもジィーっと見据えでらというごとです」
 3人は代わる代わる話し始めた。
 金英は皆(みん)なが、自分の幼少期を一生懸命語ってくれることに気恥しくなりながらも、母のあの温もりと故郷の人達の暖かさを感じ、胸を熱くしていた。
「そしてなす。先生!!万吉だば、母親にこう訊ねだのす」
「母様(ははさま)、これは何でありますか?って!!」
「ほんだべ!!万吉。」
「はい。私は初めてみる地獄の光景だったもので、母の袖を引きながら聞きました。」
「そしたらです。母親のなおさんは、ここは悪いことをしたり、お前が悪さをするようなことがあるなら、死んだ後、行くところだと答えたのです」
「じゃあ、母様、この上の方は、何ですか?と、仏菩薩様がおられる方を指さして、万吉が再び訊ねると」
「なおさんは、そちらは極楽と言って、平生良い事をした人が、亡くなったら行くところだよと、諭すように言ったのですよ」
「したっきゃなす。先生さま!!万吉だば、ジィーっと考え込んで、母様にこう言ったのです」
「ほほう!!何と金英和尚は聞いたのじゃな」
「では、母様は、どちらに往(い)かれるのですか?ってね」
「普通の童(わらし)だば、そっだごど聞かないよ!!」
「母親も母親だよ。なおさんは、笑いながら、『そうねェー。私は、きっと地獄へ行くと思いますよ』と言ったんですよ」
 竹庵は感心してしまった。平然と自分は地獄に落ちると言い放つその覚悟に。
「なるほど、この金英を金英たらしめるものは、この母にしてあり、ということだな」と心の中でつぶやいた。
「万吉だば、びっくりして、『どうしてですか?』と更に訊ねると」
「なおさんは、私は悪いことはすまいと誓ってはいるが、もしかすれば小さな罪を沢山作っていると思うからですよ!!と万吉に言うんです」
「ふ〜ん。」竹庵は唸ってしまった。縁側の雁金屋も、一緒になって声ならぬ声を押し殺していた。
「そしてね。先生様!!万吉だば、また母親に、『では、どうすれば母様を地獄ではなく極楽に往かせることができるんですか?』って訊ねるんです!!」
「へぇー。そいつは、たまげたねぇー。」
「それでそれで。母上様は何と答えられたですか?」
 雁金屋も聞きたくなってしまった。
「はい。『一子(いっし)出家(しゅっけ)すれば九族(きゅうぞく)天に通(つう)ず』となおさんは万吉に言いましてなす。『一人の子供が仏門に入れば、両親はもとより九族が極楽に生まれ変わる』との意味を教えたのでがんす」
「それからというもの、万吉だば出家することを考え始めたんですよ」
「母親を父親を皆なを地獄ではなく、極楽に行かせたい、どうしても行かせるんだと決心したらしいんですよ」
「そうかそうか。金英さん!!あんたは地獄ばかりでなく、極楽も見たんだね」
「それも母親と一緒にだ!!」
「お前さんの母上の覚悟というか、肝っ玉はスゴいね」
 竹庵は目を細めて金英を見つめた。
 そして雁金屋は雁金屋で感動に打ち震えていた。母が我が子を想う厳しい心と、子が我が母を親い愛する心に…。
「先生様!!万吉が地獄を見たのは、この時ばっかりでなく、もっと小さい六才の時にも見てるし、江戸に修行しに来る途中でも見てるんですよ!!」
「えー。そんな小さい時にー。それに江戸に来る前にもー。まだ、あるんですかい!!」
 雁金屋は、今度は縁側から飛び跳ねてしまった。

 読者の皆さん、芝居版「創作ぼくざん物語」は、来年も続きます。
 どうぞ、来年の干支のように「モウモウいいよ」と言わないでくださいね。
 よき、お年をお迎え下さることを祈念しております。

合掌