和尚さんのさわやか説法304
曹洞宗布教師 常現寺住職 高山元延

 22時30分!! 私は自分の身体に何か異変を感じていた。
 突然、背中に痒みを覚え、寝たままその場所に手を当てようとした瞬間だった。猛烈な刺激が、激烈を極め急激に襲い掛かってきた。
 ちょっとした痒みなら、ポリポリ掻くようなことだが……(><)
 そんなもんではない。背中全体が、それも痛みを伴っての痒みだ。
 手を回すどころか、掛布団を撥ね除けて、ガバッと起き上がった。
―同時に―
 私は確めたいものがあった。急いで電気を点け、敷布団のシーツを手探り、目を皿のようにして確かめた。
 「ダニは、いないか?」
 「それも集団発生したのではないか?」
―私は―
 突差的にこの急激な刺激は「ダニだ」と考えたのだ。
―しかし―
 シーツ上にその足跡(あしあと)も痕跡(こんせき)だに見つけることは出来なかった。
 でも、そのまま、布団に横になる気持ちにはなれず、「何なんだ。この痒みは?」と、布団の上に胡座(あぐら)をかいて座り直した。
―すると―
 今度は、大量の汗が全身の毛穴から吹き出た。
 まるで真夏のサウナだ。
 頭から顔から、腕も脚もだ。特に背中からの汗は、その痒みに触れてよけいにヒリヒリと刺激が増幅するのであった。
 それと共に心臓の鼓動が激しく打った。まるで耳元でドクッドクッと鳴るように。
「何なんだ。この汗は?……」
「何なんだ。この動悸は?」と思わず心の中で叫んだ。
 思いあたる節(ふし)もなく大量の汗と動悸に驚き、そして背中のヒリヒリ刺激に驚き
「何なんだ?」の思考を停止して私は布団から立ち上がった。
 階下の台所に脱兎の如く降りると、奥様はいまだ休んではいなかった。
 奥様は私の異変に驚き叫んだ。「どうしたのおー!!」
「俺、何がなんだか分からない。ともかく全身に何か異常がある」
「今、10時半だから、根城の救急病院しかない。調べて電話してもらいたい」と懇願した。
「和尚さん!! 11時までだから、早く来てくださいと看護師さんが言ってますよ」
 私の現在の状況を電話口で告げながら奥様も声高になっていた。
 タクシーを頼んだのはいいが到着が遅い。
―でも―
 その間、私はその痒みのほかに今度は猛烈な吐気に襲われていた。

 救急病院に到着すると看護師さんが待っていた。
「11時までだから、看護師さんがわざわざ出迎えてくれたのだろうか」と思ったがあに計らんや、先程の電話と私の状況を見て彼女は、
「ここよりは、日赤の救急に行って下さい。」
「今日の当番医は日赤ですから、そちらの方がいいです」
 タクシーは日赤の救急病棟入口にすべり込んだ。
 入ると私と同じように長イスに横たわって診察を待っている方々が何組かいた。

 私はトイレと長イスとを往復しながら、ただ順番を待つしかない。
 でも、病院の匂いを嗅いでいると何かしら心は安らいでいた。
 看護師さんが来て私に聞く。
「夜、何を食べましたか?」
 私は「食あたり」だとは思ってもいなかった。それは、悪いようなものを食べた気はしていなかったこともあり、
「えっ?食べ物なんですか?」と逆に聞き返していた。
 看護師さんは、私の問いには答えず、「生物(なまもの)は?」「お刺身は?」
 私は問われるままに答えるしかなかった。
 次に若きドクターの診察を受けると、ともかく緊急的に点滴治療をするということになった。
 点滴を受ける為に腕を看護師さんに差し出すと、その腕は真っ赤に腫れ、パンパンになっていた。
 点滴治療の間にも痒みは襲って来た。しかし幾分やわらいだ気がしないでもない。
 ただ、今度は食道のあたりがムズムズとなり、吐き気と時折、咳に襲われる。
 点滴治療は夜中の2時半に終わり、お寺に帰ったのは早朝3時であった。
 不思議なことに、あの全身の痒みは無くなり、また私は多分ダニのいないだろう布団に潜り込んだ。

―お寺の―
 朝は早い。束の間の睡眠。5時には本堂の扉を開け、朝の仕度をし、いつもと変わらない日を迎える。
 その日は午前11時からのお葬式があり、何とか空元気(からげんき)を出し勤めることが出来た。
 更に、午後から出張があり、新幹線に乗車しなければならない。
 奥様の「何で?無理しないで!!」
「アホんだら!!」
「出張は行かない方がいい」という罵詈叱言(ばりこごと)を痒かった背中に浴びせ掛けられながら、私は八戸駅に向かった。

 一泊二日の出張は心配するほどでもなく、元気快調となり、その晩ひたすらアルコール消毒に心掛けた。
 しかし、夜中にベットに入ると時折、食道のあたりがムズ痒く咳込むことしきりである。
 それが、何となく気になるのだ。
 私は出張から戻るとその足で、主治医のもとを訪れた。
 今までの症状を話して、その食道の違和感のことを訴える。
「先生!!どうか、この食道のムズムズ、モヤモヤ感を確かめて下さい」
 先生はあの激烈な痒み症状とか吐き気のことを問診して何か心当りがあったのか
「分かりました。明日早速に胃カメラで診てみましょう」と私の肩を叩いた。

「高山さん!!鼻からカメラを入れますよ」鼻や喉には麻酔薬を投入していることもありスムーズにそれは入っていった。
 モニターがあるからそれを見ていいよと言う。
「はい。食道を見ますね。」
「何も変わったことはありませんね」
「じゃあ。次に胃の方まで診ますよ」
 カメラが胃をふくらませながら進んでいった。
―すると―
 先生は突然、笑いながら、こう言った。
「いた。いた」
「高山さん!!いたよ」
 何事だと思ってモニターを見ると、何やら白い紐のようなものがただよっていた。
「高山さん。虫がいたよ」
「はぁ~?虫~?」
 先生はカメラを近づけると、その先にある吸入口で、白い虫を吸い取った。
―その時だ―
 胃の中に赤い血が飛んだのがモニターから見えたのだ。
「せっ先生!! 血!!血が…。出血してます」
「大丈夫!! 大丈夫!!」
「今、ちゃんと処置するからね」

 胃カメラが抜き取られ、また診察室に呼ばれた。
「高山さんの痒みね、このアニサキスのせいだね」
「ほれ、ここで生きてるよ」と言って、ホルマリン漬けになった透明ビーカーを私の目の前に差し出した。
 先生は画像データを指さしながら、胃の状態を説明し、アニサキスと呼ばれる寄生虫が二ヶ所にわたり噛んだ跡を示した。
「多分、この最初に噛んだ時、痒みや発熱があったと思うよ」
「アニサキス・アレルギーね」
「それをきちんと除去したから、もう大丈夫!!」
「先生!!記念にそのアニサキスもらえませんか?」
「まあ~。いいけど…(><)」

 私は大きく頷くと体も心も軽くなったような気がした。
―しかし―
 あの食道あたりの胸の違和感はやはり残っていることが気掛かりだった。
 この小さな気掛かりが後々大きな病気の元凶となるのである。
 アレルギーのせいなのか?
 アルコール消毒のせいなのか?
 はたまた和尚の不摂生のせいなのか?
 それは次号にて。
 皆さん どうぞ よきお年をお迎えくださいませ。
 くれぐれも この年末に暴飲暴食をなさらないように……。
 生物には気をつけて下さいね…。
 御用心御用心。

合掌